撃流の鬱憤
「何をボーッとしている!まだ訓練中だぞ!」
言うや否やセトセへ向けて距離を詰め、細剣を繰り出すビオラ。
「も、申し訳ありません…ッ!?」
(そうだ、今は訓練に集中しないと!)
対するセトセも構え直すが、右手に装着した円盾で連撃をいなすのが精一杯で反撃の隙を見い出せない。
(流石は『撃流』!)
『撃流』のビオラ。
ジャッジ騎士団の中でも特に優れた才覚を持った者が所属を許される一番隊『紅刃隊』の現隊長である彼女の異名である。
激流のように強く鋭く、それでいて華麗な剣撃故にその名が付けられた。
先の幻魔龍討伐戦に際し帰らぬ人となった、前隊長兼副団長のジンカ・ウォーホークの右腕でもあり、実力的にも勝るとも劣らぬ歴戦の戦士である。
しかし。
異名通りの攻撃を受けながらも同時にセトセはそこから伝わってくる悪感情も感じ取っていた。
「どうした、防戦一方か?守っているだけでは勝てないぞ!その左手の剣は飾りか!」
器用に挑発しながらも手は休めることは無いが、今の彼女の剣には、激しさはあってもそこにかつてのような美しさはない。
ただ溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように振るわれるその剣戟は、激流ではなく濁流と呼ぶに相応しいものであった。
「くっ!」
だが一方的とは言え、守りに徹し自分の剣を通さないセトセに苛立ったのか、次第に剣筋が乱れ始める。
そしてそれを見逃す程セトセも甘い男ではない。
「ッ!そこだ!」
「なっ!?」
痺れを切らしてか一気に勝負を決めようと、大きく引いてから繰り出された突きに対し、タイミングを合わせて盾で弾き飛ばす。
右腕が痛みと衝撃でじんと痺れるのを感じながらも、体勢を崩されガラ空きになったビオラの体にブロードソードを突きつけた。
「それまで!」
審判役が割って入る。
「あ、ありがとうございました」
大きく溜息を吐き、剣を収めるセトセ。
(初めて隊長から1本取れた…)
入団してから2年。1日も休むことなく訓練を重ねた結果がようやく表れ始めたのを実感し、密かに拳を握りしめる。
対して敗北を喫したビオラは眉間に皺を寄せて憎らしげに自身の細剣を睨みつけていた。
「…くっ…!」
不甲斐なさと苛立ちをぶつけるように、細剣を地面に叩きつけようと振りかぶったが。
「よさないか、オーンズ」
それを制止したのは騎士団長フェルナンド・ジャッジその人であった。
「だ、団長殿!」
慌てて細剣を降ろし、敬礼するビオラ。
しかし目の覚めるような蒼い鎧を纏った壮年の男は、冷ややかに彼女を一瞥するとその横を通り越し、セトセへ近付く。
「腕を上げたじゃないか、ラケル」
「いえ、隊長や団長の指導の賜物です。自分一人ではここまで上達することもありませんでした」
剣を鞘に収め頭を下げる彼の肩に、フェルナンドは手を置き微笑んだ。
「謙遜することは無い。過程がどうあれ、その高みまで登りつめたのは君自身の努力の成果だ」
これからも精進するように、と踵を返し今度はビオラに歩みを向ける。
「いくら部下に負けたからと言って、騎士の魂たる剣に怒りをぶつけるようでは君もまだまだ未熟だな」
癇癪を起こし、剣を粗末に扱おうとした彼女を、冷ややかな視線と共に窘めた。
「申し訳、ありません…!」
「謝るくらいならもう少し精神を鍛えることだ。そんな事では例の事件の犯人と対峙した時が思いやられるぞ」
痛いところを突かれ悔しげに閉口するビオラを他所に、やれやれとため息混じりにその場を後にするフェルナンド。
「君がそんな様相では、ジンカも浮かばれんな」
去り際にぼそりと残した一言は、しかし先の敗北以上に彼女の心を貫いた。
「申し訳、ありま、せん…」
その謝罪の言葉はフェルナンドかそれともジンカへのものか。
いずれにせよ絞り出した声はそのどちらにも届くことなく、虚空へと吸い込まれたかに思えた。
しかし。
「…フン」
それは、確かに届いていたのである。
次回は3月24日9時更新予定です