波乱の発端
事の始まりは2年ほど前、セトセが入団する少し前、齢15を迎えた頃に遡る。
その頃クィア王国は激動の時代を迎えていた。
前国王クルムス・クィアⅢ世の突然の崩御。
それに付け込んだレジージオ帝国の侵攻に対する第2次ヴァク平原攻防戦。
更にそこへ突如人智を超えた四足の怪物、幻魔龍の乱入。
指導者を失い、他国の攻勢を許し、その上最高位の魔獣にまで襲撃されると言う、王国は事実上滅亡の危機に瀕していた。
しかしこの危機に、クルムスⅢ世の残した最強のジャッジ騎士団、そして期せずして王の座に就いた若き指導者、エルムザル・ネン・クィアⅠ世が立ち上がった。
新国王は父王以来の騎士団、そして王国の頭脳である四賢人と共に戦場に立ち、レジージオ軍と激突、敵軍に壊滅的な打撃を与え快勝。
続く幻魔龍との決戦では副団長ジンカ・ウォーホークと軍師レイシア・ルーアンを失いながらも、団長フェルナンド・ジャッジの奮戦により両前脚を切り落とし、これを撃退せしめた。
いずれの戦いで勝利を収めたクィアは諸国に『強国クィア、未だ健在』の威を示し、復興を成し始めたのである。
尚、セトセの騎士団入団は幻魔龍撃退の少し後であったため、彼はこの戦争に直接参戦することはなかった。
しかし、復興が進み終戦から半年が経った頃、王都にて妙な事が起こり始めた。
夜分に外出した人間がそのまま行方不明となり二度と帰って来ないというものだった。
最初のうちこそ度重なる戦で疲弊したこの国に見切りをつけ、周辺国に夜逃げでもしたのだろう程度の話でしかなかったが、ある夜を境に否が応でも国民はその認識を改めることとなる。
住宅区の路地裏で、死体の無い殺害現場が発見されたのだ。
そこには遺留品や骨肉の一欠片も無く、残っていたのは石畳の上に広がる被害者のものと思しき大量の血液のみ。
そして同時期。
王国の末端、先の戦争の舞台となったヴァク平原に程なく近いカヴァクという街で新たな事件が起こっていた。
この街を拠点とするごろつき騎士団『カルミヤ』の団員が廃人と化していたのである。
詳しい話を聞こうにも、団長含めた全員が簡単な質問にも答えられないほど心神喪失に陥っていた。
そしてこの集団廃人化事件、そして王都連続失踪殺人事件は留まることを知らず、幾度となく犠牲者を出すこととなる。
王都の内外で起こったこの二つの事件は、ようやっと戦争の傷跡を癒し始めていた国中を震撼させた。
挙句には、
『ヴァク平原で死した者達の霊魂が、夜な夜な帰るべき場所を求めて徘徊しており、カルミヤ騎士団は彼らに魂を吸われた』
だとか、
『幻魔龍の斬り落とされた前脚達が、怨敵であるフェルナンド・ジャッジを討たんと王都に潜んで人を食い、力を蓄えている』
などといった噂話まで流れ始める始末。
当然事態を重く見た国王と側近達は国内の騎士団を招集、調査・警備体制を敷くも、事件発生からおよそ1年以上が経った現在でも有力な情報は得られず、それどころかどちらの事件も被害者を増やしながら、今に至る。
(一体何がどうなっているんだろう…)
拠点へと戻り、日課となっている訓練へ赴きながらセトセは回想していた。
ジャッジ騎士団所属となって何度かビオラや同僚たちと調査の任に赴いたことはあった。
だが調べども調べどもいずれの事件も進展はなく、むしろ自分たちを嘲笑うかのように被害者は増えていくばかり。
夜間哨戒や増員による徹底的な捜査も全くの収穫無しと、完全な手詰まりとなっている。
頭を抱える騎士団長達。
そんな彼らの一向に進まない捜査に懐疑的になる国民。
そしてこれ程までに躍起になっている自分たちの眼を掻い潜り、被害を出し続ける謎の存在。
果たして敵は何なのか。
人間か、魔獣か、それともどちらでもない全く別のーーー。
「…ケル!おい、ラケル!」
呼びかけられる声にハッとする。
視線を戻すと細剣を構えたビオラがセトセを睨みつけていた。
次回更新は3月17日18時予定です