不穏の王都
『連続失踪者、61人に』
『廃人化の被害も相次ぐ』
『現場には被害者のものと思われる血痕』
『対策講じるも効果なし。騎士団の在り方に疑問の声も』
「…くそっ!」
街頭掲示板に貼り出された情報紙の一面を、感情任せに掲示板ごと滅多斬りにする女騎士。
「落ち着いてくださいビオラ隊長。物に当たるなんて、貴女らしくもない…」
「これが落ち着いていられるかラケル!またしても栄光ある我らがジャッジ騎士団を貶されたのだぞ!」
ビオラ・オーンズはけたたましく声を荒らげ、自身が切り刻んだ掲示板、そして部下の小柄な男、セトセ・ラケルを順に睨みつけた。
クィア王国を守護する最強の戦闘衆、ジャッジ騎士団。
最強の魔獣の一角である幻魔龍の撃退や、周辺国ーーー特に30年ほど前から頭角を現した侵略国家『レジージオ』ーーーの襲撃を幾度となく退けた屈強な戦士達の名声は、しかし今現在、地に堕ちていると言っても過言ではなかった。
「騎士団が設立以来、どれほど王国に貢献してきたと思っている!それをこんな、恩を仇で返すような戯言を…!」
細切れを、なおも気が収まらないと言わんばかりに踏みつける。
「しかし実際犯人の足取りも掴めていませんし…あ、いえ!断じてこの記事を肯定するつもりではありませんが!」
指摘を取り消したのは彼女に殺気を込めた視線を向けられた為だが、一方でセトセはこれを全否定するわけでもなかった。
「ふん…」
気が済んだのか、はたまた彼の言葉を受けてか冷静さを幾分か取り戻したビオラは、しかし未だ不快だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
今や王国全土を騒がせる2大事件へと発展した、連続失踪殺人と大量廃人化。
騎士団は総力を挙げ血眼になってその犯人を追っていた。
自分達だけでなく各地の他の騎士団やギルド、魔導士協会とも連携を取り捜査を続けている。
魔術を用いた現場の徹底的な調査や被害者の背景の洗い出し、王国中の賢者を集めその知恵を用いて次の犯行予測地点を割り出し、そこへ増員による人海戦術での張り込み、更にそれ以外の人員で夜間哨戒等がこの5年間ほとんど毎日行われている。
にもかかわらず犯人は捕まるどころか誰に目撃されることも無く、一方で犠牲者は増え続ける上に解決の糸口すら見つからない。
至極当然ながら民は凶悪犯に辟易しており、しかしその怒りの矛先はやがていつまで経っても犯人の尻尾すら掴めない騎士団へと向けられていった。
「…行きましょう隊長。まだ巡回の途中ですし、それに…」
声を抑えながらセトセが促す。
それというのもビオラが看板を切り倒した音に釣られて民衆が集まりつつあったからだ。
守護の対象である民草から、強い猜疑心と敵対心を向けられることほど、騎士にとってこれ以上辛く耐えがたいことは無い。
彼としては多くの敵意の眼差しを受ける前にさっさと巡回を終わらせて拠点に戻ってしまいたかった。
「くっ…!」
踏みつけていた板切れを蹴り飛ばし、踵を返す。
その足取りは速く、しかし苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、俯きがちに歩を進める。
「…ジンカ副団長やレイシア軍師がご存命であれば、この状況も幾らか変わっていたでしょうか…」
余りに重い空気に耐えきれず、セトセが呟く。
「…さあな。だがもういない人間のことをとやかく言っても仕方あるまい」
そう、これは自分達で解決しなければならない。
去ってしまった者達に何を期待しても、結局たらればの話でしかないのだ。
そうこうしている内に何事かと集まってきた民衆達の目から逃げ出すように、2人はその場を後にするのであった。