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 思い出した。


 ゲーム内で、聖星節は迎えられない。

 前夜祭のイベント最終日、攻略対象とのデート中に地母神の攻撃があるからだ。


 このイベント、三日続く前夜祭で、それぞれ三人の攻略対象を誘うことができる。三日のうちいずれでもイベント内容は同じだけど、最終日だけはイベント後に話が続く。

 最初は、リディアーヌによる妨害イベント。ジャンヌを疎むリディアーヌが、悪漢をけしかけるのだ。これは後々、彼女が地母神に憑りつかれるための伏線になる。

 しかし、イベントの本番はその後だ。デート相手と悪漢を追い払った直後、町は大地震に襲われるのだ。空では無数の星が流れ、『忌まわしき流星雨』の再来だと言われ、人々は大パニックになる。

 ジャンヌはそこで、天の神と出会うのだ。この時点での天の神は、本体が捕らえられており、真の力を発揮できない。大地震を止めることはできず、人々に被害を出さないようにするのが精いっぱいだった。

 たしか、攻略対象に天の神が力を貸すのもこの瞬間。つまり、最終日に誘った攻略対象が、最終的なパートナーとして確定する。

 このパートナーは地母神と戦うための戦闘パートナーであり、必ずしも恋人になるとは限らない。しかし、好感度上昇イベント数が圧倒的に増えるため、縛りプレイでもしていない限りは、実質ルート確定と言っていい。

 今回であれば、セドリックだ。

 翌日の聖星節は、被害を受けた町の復興イベントだ。神殿による、聖星節の成功のための祈りが無意味だったと知り、町の人々が聖女や神殿に不信感を抱きはじめている会話が聞けたはずだ。


 しかし、これを思い出すのは、少し遅すぎた。

 ジャンヌは着々と、セドリックを攻略する手順を踏んでいる。対する私は今、無意味な祈りを神殿で捧げたあと――。


 なぜか町で、炊き出しをする羽目になっていた。



 〇


「リディアーヌ様は、本当にまじめでいらっしゃるわ」

 くすくす笑いながら、ロザリーがシャルロットに囁く。

「自ら動き回るなんて、平民の真似かしらね、シャルロットさん」

「そう言ってしまってはおかわいそうよ、ロザリーさん。平民に聖女の座を奪われて、焦っていらっしゃるのだから、無理もないことだわ」

 聞こえよがしな声に、私は耳を貸さない。騒がしい町の中を、彼女たちの言う通りにあくせくと動き回る。

 前夜祭の日。神殿で祈りを捧げていた聖女候補たちは、神官長に呼び出された。

 曰く、せっかくの祭りの日なのだから、町へ出て奉仕活動をしよう。この良き日に、食べる物もなく苦しんでいる人々がいるのは看過できない。炊き出しをしよう――とのことだ。

 神官長への個人的な恨みはあるが、彼自身はいたって善良な美中年なのだ。単純で人の話を聞かず、思い込んだら聞かないだけで。そのうえ神官長という身分までついて、厄介さに拍車をかけているだけで、悪い人ではないのだ。悪い人では。

 私としても、奉仕活動への不服はない。むしろ動き回っていれば、余計なことを考えずに済む。

 しかし他の聖女候補は、「聖女をなんだと思っているのだ」と不満そうだ。こんな雑用、下働きにでも任せればいい。そう考えて、実際に自分の侍女に働かせている者も多かった。

 もちろん私だって、自分だけが働いているわけではない。むしろここは、財力にあかせて多くの労働力を投入するのが裕福な人間の義務である。というわけで、屋敷から使用人を呼び寄せていた。

 見回せば、動き回る人間の半数がフロヴェール家の者たちだ。指揮は私の侍女のフランソワが執って――――いない。

 フランソワがいない。

 ――また、お父さまのところに報告に行ったのね。

 フランソワが私の傍に居ないときは、たいてい父に会いに行っている。きっと、神殿の出来事を伝えに行ったのだ。私がフロヴェール家の娘として、相応しくない行いをしたのだと。

 そこまで考えて、野菜入りのスープをかき混ぜる手が止まっていることに気がついた。くつくつ煮える鍋の中。水面にぼやけた私の顔が見える。

 ――水面の私が歪んでいるのは、煮えた鍋の中だから? それとも、私自身の顔が歪んでいるのかしら?


「ねえ、ロザリーさんそれより、ここの祭りの中にきっとジャンヌさんがいらっしゃるのよね」

「そうね。お迎えにいらしたセドリック様を、お見かけしましたわ。お二人とも、本当にお似合いで」

 背中では、二人の会話が続いている。聞きたくないのに、聞こえてしまう。


 炊き出しは神殿の外、町の中で行っている。日暮れの町は騒がしく、浮かれた空気が漂っていた。

 目の前を通り過ぎるのは、腕を組んだ男女が多い。次いで、子供連れ。たまに友人同士や、一人で歩く人間もいる。

 町は星の飾りと無数の燭台に彩られ、鮮やかに照らしている。だが、それ以上に星空が美しかった。月のない夜。濃紺の空一面に散りばめられた星々が、燭台よりもなお明るく瞬いていた。

 ――この中にセドリックもいるのかしら。……ジャンヌと一緒に。

 そう考えて、私はすぐに頭を振った。

 余計なことを考えている暇はない。炊き出しには列ができている。こんな日だから、奉仕というより屋台みたいな状態で、特に施しが必要なさそうな人々まで並んでいるような気もするけど、とにかく忙しいのは忙しい。

 それに、神殿で反省したばかりだ。自制心、自制心。

 ――お似合い……そうね。ジャンヌはかわいいもの。

 自制心、と頭でつぶやきつつ、頭に浮かぶのはセドリックの姿だ。彼女の横にはジャンヌがいて、腕を組んで歩いている。

 いや、今日は舞踏祭だから、踊っているのだろうか? 私なんて、まだ手を繋いでもらったこともないのに。婚約して三年も経つのに、私に指一本触れてくれないのに。

 ――私と違って、女の子らしくて、かわいくて……。かわいいものに惹かれるのは当然って、セドリックも言っていたもの。

 そこで、はたと気がつく。

 以前のお茶会で言っていた、かわいいもの。それはジャンヌのことだったのだ。

 心惹かれて、そのまま彼はジャンヌの元へ行ってしまった。聖星節でのデートの誘いも断る堅物には、もう愛想が尽きていたのだ、きっと。

 ――自制なさい。自制なさいって、言っているでしょう……。

 何度言い聞かせても、頭の思考は振り払えない。せめて態度にだけは出さないように、私は唇を噛みしめる。

 考えてみれば、私はずっと、乙女ゲームの悪役リディアーヌと同じ道を歩み続けてきた。ここが乙女ゲームの世界だと知ってもなお、聖女を目指し、ジャンヌを責め、セドリックの婚約者のまま、役を降りようとしなかった――降りられなかった。

 諦めて、譲ることができなかった。だからこれは、なにもかも自業自得。

 ――前世で不真面目に生きた罰なのかしら。

 ゲームですらやり込まず、一ルートクリアしただけで投げ出す適当な生き様だった。それを悔いて、立派な人間になりたくて聖女を目指していたけれど、そんな前世を持つような人間は、やっぱり聖女にはふさわしくなかった。

 自分で思うよりも、私はずっと心弱く、打たれ弱かった。異性にうつつを抜かして気持ちの切り替えもできず、ぐるぐると同じ場所で悩んでばかりの、つまらない小娘だ。それを思い知らされる。

 きっと私に聖女の資格がないことを、神々は最初から知っていたのだ。

 こんな私では、聖女になれない。

 悔しいけど、苦しいけど、認めざるを得なかった。ジャンヌ一人の存在で、ぐらついてしまうような人間が、いったい誰を救えるというのだろう。

 ――……セドリックと、お別れの覚悟を決めないといけないわ。お父さまの失望も、受け止めないといけないわ。逃げるわけにはいかないもの。

 セドリックには返事を書いて、最後に向き合って話し合いをしよう。いつも家にいない父も捕まえて、久々に言葉を交わそう。神官長にも、誤解だともう一度きちんと伝えてみよう。

 それが最後になるとしても。


 私はうつむいたままぎゅっと目を閉じる。そして、大きく息を吐き出すと、顔を上げた。

 ――大丈夫。前を向いていられるわ。

 心の中で叱咤し、しっかりと目を開いたとき。 


 目の前を横切るジャンヌと――――少し遅れて追いかける、黒いマントの男たちを見た。


 ――――悪漢をけしかける…………前夜祭後のイベントだ。

 思い出した。

 この後のイベント。悪漢から逃げた後の本震。地母神により、被害を受ける町のこと。


 これはイベントシーンだ。ジャンヌが世界を救うためには、必要な事件。すぐに攻略対象が――セドリックが助けに来るから、ジャンヌが傷つくことはない。

 そもそも、私はジャンヌにとっての悪役だ。ゲームの知識のある彼女に接して、ろくなことになるとは思えない。

 わかっているけど―――――。


 私には自制心が足りない。

 一市民の危機を前に、体が勝手に動いてしまうのだ。


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