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 部屋で手紙を書きながら、私はひとりため息をついた。

 ここだけは、父の監視もついていない。たまにメイドが様子を見に訪れるだけ。心から落ち着ける場所だった。


 テーブルに向かい、羽ペンを手に持ちながら、私はセドリック宛ての手紙を書いていた。

 空いている日を伝えるだけの簡単な手紙だ。だが、文字を書く手は重い。

 つい、考えたくもないことを考えてしまうのだ。

 ――セドリックは、いずれ私との婚約を破棄して、ジャンヌを選ぶのよ。

 優しいセドリックには、不愛想できつい性格の私より、ジャンヌの方がお似合いに思えた。二人のお茶会なら、きっと穏やかで楽しいものになるだろう。セドリックに気を遣わせることもない。

 ――それに、聖女の座だって。

 最高神である地母神の神殿の聖女という身分。それは、このゲームとともに終わりを迎える。なにせ、その敬うべき神こそが諸悪の根源。天の神に懸想し、恋に狂って世界を崩壊させようとするラスボスなのだ。

 地母神は愛ゆえに、天と地を繋げようとしてしまう。天が地に迫り、世界が押しつぶされそうになるところを、ヒロインであるジャンヌが防ぐのだ。

 その防ぐ過程で、天の神がジャンヌの仲間になる。これは誰ルートかによって若干変わるのだけど、天の神の力はルートが確定した攻略対象の体に宿るのが基本だ。その後は二人で協力をしつつ、他の攻略対象の力も借りつつ、地母神の目論見を阻止するために奔走する。

 が、それがまた地母神の怒りを買う。懸想した天の神が小娘を守っているのだから、腹も立つだろう。

 彼女の怒りは、ジャンヌを憎むリディアーヌと呼応し合う。地母神がリディアーヌの体に宿るのは、天の神との対比でもある。天の神と違い、私利私欲で人間の体に宿った地母神は、分離できないほどリディアーヌと癒着してしまう。こうして、クライマックスへと進むのだ。

 ゲーム終了時には、地母神はリディアーヌと共に消滅しており、神殿自体も壊滅的被害を受ける。祈る相手が居なくなった今、聖女は不要だ。

 だが、ジャンヌは世界を救った聖女――――政治的な、形式的な聖女ではなく、真の聖女として、人々に敬われることになるのだった。

 という結末を考えると、今さら聖女にこだわる意味はなんだろう?

 どれほど努力したところで、私が聖女になることはできない。地位自体が消え去るのだから、私一人がどうこうできる問題ではないのだ。

 ――いえ。

 そこまで考えて、私は首を振った。

 ――聖女とは、人々のために祈り、導くものよ。

 国一番の名誉な身分。それは、ただその座につけばいいというだけではない。

 誰よりも信心深く、悩める人々の手本になるべき存在だ。だからこそ、聖女となるためには無数の試練がある。勉強もできなくてはならない。魔法も使えなければならない。聖女としての品格、高潔さが要求される。

 ――聖女であれば、未来の危機を知って投げ出したりしないわ。

 ジャンヌやセドリックのことは置いておいても、これから未来に、地母神が世界を滅ぼそうとするのは間違いない。

 そのときに、生半可な人間が聖女だったらどうする?

 人々を置いて、我先にと逃げ出すような人間だったらどうする?

 ジャンヌがいれば、もしかしてそれでも大丈夫かもしれない。彼女が規定通りにイベントをこなせば、世界は救われるかもしれない。

 ――でも、彼女は平民よ。その上、聖女を目指して一年もたっていない新人だわ。

 そんな小娘に、世界の命運を託すことはできない。だって万が一、彼女がゲームから逸れて、逃げ出してしまったらどうする?

 責めることはできない。彼女一人が肩に背負うには、世界は重すぎる。本来であれば、彼女だって守られるべき人間のはずなのだ。

 ――私なら、なにがあっても逃げないわ。

 私は、私が一番聖女にふさわしいと思っている。誰より努力してきた自信がある。誰よりも誇り高く、誰よりも強い。

 だからこそ――。

 ――危機が迫っているからこそ、私が聖女にならないといけないのよ。最前線で、一番に危機を受け止めなくてはならないの。

 両親を、セドリックを、この国の人々を救うために。

 この役割は、誰にも任せられない。



 力強く手紙を書き終えたタイミングで、ちょうど部屋の扉が開いた。

 一礼して入ってきたのは私の侍女のフランソワだ。彼女は筆をおいた私を見やり、心得たように頷いた。

「お手紙でしょうか? お預かりいたします」

「え、ええ。お願いするわ」

 ――見計られていた……?

 こんなナイスタイミングがあるものか。きっと、また父の差し金だ。

 フランソワは今でこそ私の侍女だけれど、それ以前は父の側近だった。父からの信頼も篤く、彼女自身も父に忠誠を誓っている。きっと父に頼まれ、私をずっと監視していたのだろう。

 子供のころから、ずっとそうだった。家にいても外に出ても、いつでも父に忠実な使用人が付いて回り、私を監視する。父本人は忙しい人間で、ほとんど私と顔を合わせないのに、私の行動を逐一把握している。まるで、いつも見張られているような気分だった。

 外に出ても息をつく余裕がない。今でこそ慣れたものだけど、昔は息苦しかったものだ。

 ため息をつく私に、フランソワが近づいてくる。まだ封筒にも入れず、開いたままの手紙を一瞥し、彼女は「おや」という顔をした。

「お茶会の日取りですか? 先日したばかりですのに」

「ええ。満開の薔薇を見せてくださるとセドリックが。本当は、もう少し早い時期が良かったそうなのだけど」

 十日後から三日間、順に誘われたけれど、すべて断ってしまった――罪悪感から、うっかりこぼしてしまえば、フランソワがさらに驚いた顔をする。

「聖星節の……前日ですか。夜のお茶会って。お嬢様、それって」

 フランソワが口元に手を当てる。言おうか言うまいか悩んでいるようだ。

 が、結局は口を開く。それはもう、恐る恐るという様子で。

「…………それって、前夜祭デートのお誘いだったのでは?」

「えっ」

「お断りなさって賢明ですわ。夜に出歩くなんて、下心しかありませんもの。旦那様は断じてお許しになりません」


 えっ。


 三日間行われる夜の祭り。聖星節までの三日間。たしかに順に誘われた。

 ――で、でも、薔薇を見ないかって言われたし。

 夜に? 暗闇の中で満開の薔薇なんて、どうやって見るの? 前世みたいに、ライトアップなんて考えもないのに?

 ――ほ、星空が明るい日だもの。それに、燭台の火があれば……。

 いや、でも相手は薔薇だ。火を近づけたら……焼けるんじゃないだろうか。

 無意識に、両手をぎゅっと握りしめる。息を吸う。そして、長く長く吐き出す。

 内心の悲鳴と共に。


 ――わあああああん! なんで気がつかないのよ、この馬鹿ああ――――!!


 こんなんだから、ジャンヌに婚約者を奪われるのよ!


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