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 ゲームの主役はジャンヌだった。

 リディアーヌ・フロヴェールは、彼女と敵対する悪役だ。その才能から、聖女に最も近しいと言われていたリディアーヌは、突如現れたジャンヌを疎み、なにかと底意地の悪い嫌がらせを繰り返していた。

 嫌がらせは次第にエスカレートし、リディアーヌの悪評は神殿や王宮にも知られるようになった。人を恨むことは聖女には相応しくないと、候補から排斥されそうになったとき、彼女に悪魔が囁きかける。

 それが、真のラスボスである地母神だ。哀れリディアーヌは地母神に騙されて体を奪われ、ジャンヌを本格的に始末しようと画策する。

 最終章、ジャンヌはリディアーヌを救おうとするが、精神の癒着が進み過ぎて地母神と切り離すことができない。リディアーヌは最後に一瞬だけ我を取り戻し、地母神ともども自害するという、なんとも小憎い役割だった。

 そして、セドリックは、攻略対象の一人だ。王家の傍流でもあり、代々宰相を務める名門、ラフォン侯爵家の三男で、困ったような笑顔の優しいお兄さん枠。リディアーヌと婚約中の十九歳。公式サイトでのキャラ紹介のセリフは「魔力も腕力もないけど、僕は絶対に君を守るよ」だったか。

 前世の私の琴線には触れず、攻略されることのなかったキャラクターだ。

 というか、コレクター魂もなく飽きっぽかった前世の私は、一ルート攻略しただけで満足だった。ので、MM以外のルートはネット知識ぐらいでしか知らない。

 しかし、攻略をしなくてもわかることはある。


 ――乙女ゲームの攻略対象、ということは、いずれはジャンヌに恋をするんだわ。

 ジャンヌとセドリックの談笑を柱の影から覗きつつ、私は無意識に自分の両手を握り合わせた。

 私とセドリックは婚約者。とはいえ、親が決めただけのこと。そこには、私の意思もセドリックの意思も介在していない。

 それに、私はこのままでは、いずれ悪役になる運命だ。そうなれば、婚約の益より不利益の方が大きくなる。解消されてもおかしくはない。

 だいたい、セドリックルートがあるなら、彼とジャンヌはハッピーエンドを迎えるはずだ。愛人や第二夫人ではハッピーとはいえない。ならば、私はただの邪魔者。二人の未来から排除されているはずだ。

 ジャンヌはぐいぐいとセドリックに迫る。柱の陰で二人の顔は見えないが、ジャンヌを振り払わないあたり、セドリックもまんざらではないのだろう。

 だいたい、彼は押しに弱いのだ。あんな勢いで美少女に迫られたら、断れないに決まっている。

「うう……ぽっと出の平民のくせに……!」

 言ってしまってから、私は慌てて自分の口をおさえる。いけない。これでは本当に、『聖贄少女』のリディアーヌになってしまう。

 ――でも、それならセドリックを諦めるの?

 そう考えると、それはそれで胸が痛む。

 セドリックは親同士の決めた婚約者であるけれど、それでももう婚約して三年。互いに交流を重ね、親しくなっていると思っていた。

 ゲームとリアルは別物だ。ゲームキャラとしては興味を持てなかったけれど、実際に接してみると、セドリックはとても魅力的だ。そもそも現実だったら、マゾヒスティックマッスルよりも穏やかなお兄さんに心惹かれるに決まっている。

 もちろん、だからといって私がセドリックに心惹かれているとは言っていないけど。セドリックはそりゃあ魅力的だけど、そこで節度を失って骨抜きになっては、立派な淑女とは言えない。彼が素敵な男性というのは、あくまで客観的な意見に基づいての話だ。


 そして客観的意見によれば、私は可愛げのない女だ。

 生意気で高慢、鼻持ちならない嫌な女というのが、世間での私の評価だった。

 自覚はある。いずれ聖女となるために、私は誇り高く、賢い人間であろうとした。他人の前では決して弱みは見せないし、誰かに頼ることもしない。媚を求めてくるような人間は、目上であっても跳ね除けてきた。

 だけど私は間違っていない。聖女は弱い人間には務まらないもの。立派な聖女となるためには、周りの嫉妬など聞いてはいられない――――そう思うあたりが、まさにゲームの中の悪役リディアーヌそのものだった。

 私とゲームのリディアーヌとの違いは、せいぜい得意魔法の差異くらいだろうか。ゲームでは攻撃魔法が得意で、今の私は回復魔法の方が得意。それくらいしかない。

 対するジャンヌは、健気という言葉がよく似合う。頑張り屋で一生懸命だけれど、できないことはできないと認め、人に頼るだけの可愛げがある。悩みは他人に打ち明け、一人で抱え込んだりしない。

 私とジャンヌのどちらかなら、ジャンヌを選ぶに決まっている。少なくとも私が男なら、間違いなくジャンヌを選ぶ。だって、可愛いし、美少女だし、背が低いし。

 ――せめてジャンヌが、セドリックを諦めてくれれば……。

 祈るように二人の様子を窺えば、ちょうど彼らは手を振って別れるところだった。舞踏会へ戻っていくセドリックと、その場で手を振るジャンヌの姿が見える。

 セドリックの顔は見えない。でも、ジャンヌの方は、柱の影からよく見えた。


 星の宿る藍色の瞳をきらめかせ、彼女はセドリックの後姿を見つめていた。

 そして、彼の姿が見えなくなると、両手をぎゅっと握りしめる。

「よし、舞踏会イベントおしまい! これでルート解放されたかな?」

 鈴を転がすような声で、この世界の誰にもわからない言葉を呟く。

 わかるのはたぶん、ここにいる私一人だろう。

「絶対にセドリックを攻略するんだから。私の最推しを、あんな性悪なんかにくれてやらないわ!」

 力を込めたジャンヌの言葉に、心臓が止まるかと思った。

 最推し、攻略、ルート。前世で聞き馴染んだ言葉たち。

 ジャンヌも私と同じ。ゲームの記憶を持つ人間なのだ。


 そして彼女は、間違いなくセドリックを狙っている。


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