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 避難所と化した広場の外れで、私は息をついた。

 噴水のふちに座り込み、広場の様子を眺める。


 ゲームのイベント通り、町の家々の被害はかなりのものだ。特に、最後の断末魔の地震が効いたらしい。全壊まではいかなくとも、屋根が落ち、壁が崩れている家が目に付く。

 騎士団は今も、がれきの下に取り残された人々を探している。発見次第、この広場に運ばれて、治療を受けるのだ。病院も崩れてしまったのだから仕方がない。

 が、不幸中の幸いというべきか、重症人はさほど多くはなかった。祭りで人々が家の外にいたことと、最後の振動の前に続いていた地震のおかげで、早めに人々が逃げ出せたからだ。

 救出も早かった。騎士の一隊とフロヴェール家の人海戦術で、取り残された人々をどんどん見つけている。

 彼らの治療をするのは、私やジャンヌ、病院の医師たちだ。重傷者を優先して魔法をかけ、簡単な傷は医師たちが手当てをする。

 そうやってばたばたしているうちに、いつの間にか夜中になってしまっていた。


「休憩かい?」

 ぼんやりする私の横に座りながら、セドリックが言った。

「働かせてしまってすまない。でも、助かったよ。――――はい、温めたミルク」

「……ありがとう」

 セドリックにカップを差し出され、私は素直に受け取った。湯気の立つカップは暖かく、夜風に冷えた体を温めてくれる。

あの女ジャンヌは? ずっと君といたようだけど」

 セドリックの口にする「ジャンヌ」という言葉の響きに、なんだか棘がある。前夜祭に二人で行ったと知ったときは、すっかりジャンヌに惹かれているものだと思っていたけど、これはもしかして、本当に私の勘違いなのかもしれない。

「治療中よ」

 言いながら、私は視線を広場の一角に向ける。

 怪我人たちの集められた一角で、ジャンヌはまだ走り回っている。ゲームの設定どおり、さすがの治療魔法の使い手だ。手際も良いし、魔法の効果も高い。

「私は、先に魔力が尽きちゃったのよ。だから邪魔にならないようにこっちに来たの。……同じ聖女候補なのに、駄目ね、やっぱり敵わないわ」

 高い魔力や、それを使う技術はもちろんのこと。魔物もかばう優しさ。この貴族社会で折れない強さ。それに、私と違って多くの人に愛される人柄がある。

 ゲームだから、主人公だからではなくても、聖女にふさわしいのは彼女なのだ。

「……セドリック」

「なんだい?」

「ジャンヌのこと、許してあげられないかしら。噂なんて私、気にしないもの」

 セドリックは横からじっと私の顔を見つめる。彼の空色の目は、今は燭台の火に揺れて、少しだけ赤い。優しさだけではない彼の瞳は、なにを考えているのかわからなくて、私は居心地が悪かった。

 ただ唇を結び、じっとカップを見つめる。湯気に埋もれた、白い液体が揺らめいている。

「リディ。彼女が僕に近付いてきたとき、僕は少しだけ彼女のことを調べたんだ。目的がわからなかったし、どうもリディから僕を離そうとしているようで、不審だったからね」

 近付いてきたとき――というと、舞踏会だろうか。最初からセドリックはジャンヌを疑っていた?

 これまでのセドリックのイメージからだと考えられない。けど、今のセドリック――ジャンヌの言う、腹黒が本当なら、納得してしまう。

「彼女は孤児だった。両親を失くして、聖女候補になるまで孤児院で過ごしていたらしい」

「……うん」

 知っている。その孤児院はひどい場所で、ジャンヌを含めた子供たちは虐待に近い扱いを受けていた――とゲームにはあった。聖女候補になる際も、ジャンヌは売られるようにして孤児院を出て行くことになったのだ。

「わかっているかい? …………君が慰問した孤児院だ」

 はっとして、私はセドリックに顔を向けた。真摯な顔に、心臓がぎゅっと縮む。

「君が訪れ、たちの悪い職員を排除し、新しい職員を回したところだ。元は悪名高い孤児院だったが、今は居心地のいい場所になっているらしい。彼女は今でも、孤児院と連絡を取り合っているそうだよ」

「そう…………なの」

 ゲーム内では、ジャンヌのいた孤児院の名前なんてなかった。ジャンヌの不幸を演出するためだけの存在だ。私も、ジャンヌを助けようと思っていたわけではない。ただ、貴族の義務として、父に倣っただけだった。

「僕には、君たちの言っていた『前世』や『遊戯ゲーム』の意味は知らない。彼女のやっていることは支離滅裂だった。だが、ジャンヌが君のために、君を救うと信じて行動していたのだけは、不服だけど間違いない」

 見返りを求めていたわけじゃない。でも――。

「今の君が繋いだ縁だ。それを摘み取ってしまうのは、僕の本意ではない」

 カップを握る手に力がこもる。

 気が緩んでしまいそうで、私はぐっと唇を噛んだ。

 ――きっと、私、うれしいんだわ。

 自分のしたことが、誰かへ繋がったことが。誰かの救いになれたことが。

「…………私、ジャンヌと友達になれるかしら」

「君が望めば簡単なことだよ。僕はおすすめしないけど」

 セドリックが心底嫌そうに顔をしかめる。彼にとってジャンヌは天敵みたいだ。誰とでもうまくやる人なのに、セドリックにもそういうところがあるのだと思うと、おかしくて少し笑ってしまう。

「ねえ、セドリック」

 私は笑いながら、セドリックの渋い顔を見つめた。

「ジャンヌが言っていた『腹黒い』って、本当なの?」

 私の言葉に、セドリックの表情はますます渋くなる。

 今日のセドリックは、私の見たことのない顔をいくつも見せてくれる。優しくなくて、少し怖くて、でも全部――私の好きなセドリックだ。

「…………人並みだよ」

「人並み」

 とは。

 どのくらいだか見当もつかない。

「君も意外に意地が悪いな。そんなことを言っていると、僕も悪いことをしたくなる」

「悪いこと?」

「君のお父上との約束を破ってしまおうかと」

 ――約束?

 首を傾げかけた私の顔を、セドリックがおさえる。両手で頬をおさえられているのだと、少ししてから気がついた。

「結婚するまで手出しは厳禁。いつも護衛が僕を睨んでいて、手をつなぐのも許されない――なんて、君を溺愛するのはいいけど、少し過保護すぎるよ」

「セドリック……ま、待って……!」

 顔が近づいてくる。でも全然待ってくれない。

「それから、他の誰かに言われる前にきちんと言っておかないと。君は思った以上に鈍いみたいだから」

 セドリックが言葉を発すると、その動きが感じられる。鼻先が触れる。セドリックのまつ毛が見える。暗闇でもわかる。細められた彼の、私の好きな空色の瞳。

 ――近い、近い、近い……!

 私は耐えられずに、ぎゅっと目とつぶった。

「――リディ、僕は誰より君のことが、かわいくて大好きだ、ってこと」

 触れたのは、一瞬だった。唇に振れる柔らかな感触に、心臓が飛び跳ねたとき――――。


 バシャン、と大きな水音がする。

 まるで何かが放り込まれたようだ。私の頭にも水が落ちてきて、慌てて目を開く。

「お嬢様になんてことをするんですか! 旦那様へ言いつけます! 絶対に言いつけます!!」

「それ私が言おうと思ってたのに! この性悪! いいとこばっかり取っていって!!」

 視界に映るのは、水の中で瞬くセドリックと、涙目のフランソワ。それから、子竜を抱えて怒るジャンヌだ。

 わあわあ騒ぐ三人に混ざり、ジャンヌの手の中で、子竜もキイキイと鳴き声を上げている。

 その声がどこか楽しそうで、私もつられて笑ってしまう。はしたないと思うけど、貴族らしくないと思うけど。

 私はきっと、生まれて初めて、声を上げて笑った。


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