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 ゲームの中だったら、ここで攻略対象に天の神が宿るところだ。

 夜空を滑る流星は、天の神が降りてきたことを示している。だが、この時点で天の神の力は不完全。人間の体を借りなければ、力を発揮することができなかった。

 その人間こそが、攻略対象。

 攻略対象の誰かジャンヌを守りたいという気持ちが、天の神を引き寄せるのだ。


 今回だったらセドリックになるはず。

 はず。



『――――おお』

 地の底から響く声がする。

 それは優しく、柔らかく、どこか懐かしい原初の母の声。

『どうして……どうしてあなたは、わたしから離れていくのですか…………』

 地面は揺れ続ける。まるで声に合わせて振動しているようだ。

 ――ゲームだと、流星と大地震だけだったのに……。

 ゲーム内のイベントでは、地母神の姿はなく、声も聞こえなかった。

 だが、私の耳に聞こえるこの声は、まぎれもなく地母神のものだ。

 ――私がリディアーヌだから?

 私がいるから、地母神が引き寄せられてしまったのだろうか。

『いかないで…………』

 絞り出すような声だ。どこかに、誰かに向けて手を伸ばすような響きだ。

 胸の締め付けられる声とともに、地面がゆっくりと盛り上がる。舗装された石畳を破り、何かが現れようとしている。

 どこかから、悲鳴が上がった。黒マントの集団が腰を抜かしている。騎士たちが剣を構え、地面から現れる存在に切っ先を向ける。

 町の方からは、逃げ惑う人々の声がする。

 ――リディアーヌのイベントと、ジャンヌのイベントが同時進行しているんだわ……!

 このままイベント通りに進めば、大災害が起きてしまう。町は半壊。人々の中には犠牲者もいる。

 止めないと――――そう思う私の足を、見上げるほどの壁がさえぎる。

『あなたがいなければ……この世界など…………』

 壁――いや、これは土塊つちくれだ。大地から隆起した、巨大な土の塊。

 それは人の形にも似ていた。頭部には口らしいものがあり、嘆きの声を吐き続けている。

『もう、どうなっても、かまわない…………』

 土塊からゆっくりと伸びるのは、手だろうか。私たちに向けて伸ばしているように見える。

『ああ、哀れな娘…………』

 ぎょろり、と土塊の目が見開かれる。

 目。まぎれもなく、それは人の目だった。土塊の中にたった一つ存在する、真っ黒で澱んだ目が、私を映している。

『哀れな――――私の器になりなさい』

 その手が、私に触れようとする。


 セドリックがはっとしたように、私の体を抱き寄せた。

「リディ、僕から離れないで」

 ――セドリック。

 頷いて、名前を呼ぶ間もなかった。ドキッとする間もなければ、安心する間もなかった。

「お、お嬢様になんてことを! 離しなさい!」

「うえええ! リディ、なにこれ! このイベント知らないんだけど!」

「勝手に僕のリディにしがみつかないでくれないか」

『聖女になりたいのでしょう…………』

「あなたのリディじゃないんだけど!」

「君のものでもないだろう」

「お嬢様は! フロヴェール家のたった一人のお嬢様です!」

『叶えてあげましょう……あなたの、他のすべてと引き換えに…………』

 ――あああああああああ!!


「うるさ―――――い!!!!」

 私は両手を握りしめ、全身全霊で叫んだ。

「誰も彼も、自分のことばっかり! そういう状況ではないでしょう!」

 喉が裂けんばかりに叫ぶ。頭の中に、これほど血が上ったのは初めてだ。

 立派な身分の人間たちが、揃いも揃ってなにをやっているのだ。

 目の前にどう考えても危険な化け物がいるのに!

 町では地震の被害で、人々が逃げ回っているのに!

 裏通りとはいえ町中で、節度を忘れて騒ぎ立てて!

 いくら私だって声をあげて怒る。当たり前だ!

「突っ立ってないで、市民を避難させに行きなさい! 建物から離して、広い場所に逃がすのよ!!」

『さあ、わたしの手をとりなさい…………』

「こんなときに市民を助けなくて、なにが騎士よ! 行きなさい! あなたたちもよ! フロヴェール家の使用人なら、こんなときどうするかわかるでしょう!」

『わたしみずから、あなたを聖女としてあげましょ――――』

 う。

 う――――――。


「――――うるさいって言っているでしょう!」


 私が叫んだ瞬間、空から星が落ちた。

 まばゆい光が、まっすぐに私に向けて落ちてくる。

 でも、そんなことは。


 どうでもよいのである。


 勢いよく背後に振り返れば、今まさに私を捕まえようとする地母神の手がある。

 私はその手を睨みつけ、自身の手を振り上げ――――。

「人の話に、途中で口を挟まない! 子供でも分かることよ!!」

 思い切り彼女の手を振り払った。

「だいたい、この地震はあなたのせいでしょう! 誰か怪我をしたらどうするつもりなの! 神なのに、人も守らないと言うつもり!?」

 地母神が聞いてあきれる。人の話も聞かない。迷惑もかける。しかもその理由が恋ゆえの嫉妬だって?

 私だって散々悩んだのに。ずっと心の中にとどめてきたのに。

 神のくせに、自分勝手すぎる!!


『お…………』

 私に叩かれた地母神の手は、跡形もなく消滅した。

 周囲が唖然とする。地母神が、腕半ばで消えた自身の手を見ながら、目を見開いている。

 地母神の真っ黒な目が、瞬きを繰り返す。が、その目はすぐに私に焦点を移した。

『おお……おおおおお…………』

 低い声は悲鳴のようだ。地震がより強くなる。町から聞こえる声が大きくなる。

 まるで子供の癇癪だ。

『許さぬ……許さぬ……なんという…………』

「許さないのはこっちよ! はやく地震を止めなさい!!」

『わたしに楯突くとは、なんと愚かな……わたしを……神を……大地を拒むというのですか……!』

 地母神はこの国の信仰。聖女は地母神に祈る者。

 聖女を目指し続けてきた私にとって、彼女こそが私のすべてだった。

『わたしを受け入れなさい……それがあなたの望みを叶える、唯一のすべ……! 聖女になれなくても……よいと言うのですか……!!』

 聖女になりたかった。過去の自分から変わりたかった。父やセドリックの誇れる自分になりたかった。

 ――でも。

 ぐ、と私はこぶしを握り締める。

 聖女には、もちろん暴力は厳禁だ。護身も兼ねて、聖女候補は最低限の体術を心得てはいるが、基本原理は対話と救済。人々を慈しみ、守る身分が力に訴えてはならないのだ。

 つまりこれは、最終手段である。

 口でわからない相手であれば、止むを得まい。

 その身をもってわからせる。


「…………誰があなたに祈るもんですか」


 すなわち。


「これだけ迷惑をかけておいて、なにが女神よ……!」


 すなわち――。


「そんな聖女になりたかったわけじゃないわ!!」


 鉄拳制裁。

 握りしめた私の拳が、地母神の体を打ち砕いた。


 私がなりたかったのは、人々を救うための聖女なのだ。





 地母神だったものは、木っ端みじんに飛び散った。

 長年の私の夢も、努力も、費やしてきた時間も、まとめて粉みじんだ。


 飛び散った後は、ぼろぼろと頭上から落ちてくる。

「あいたっ!」

 中でも、ひときわ大きな塊が頭にあたった。それは私の頭で跳ねて、狙いすましたように手の中に落ちてくる。

 思わず受け止めれば、意外にも土ではない。子犬くらいのサイズのそれは――――いつか神殿で見た、竜の子だ。トカゲの瞳が私を見据え、きゃっきゃと笑う。

「あっ、天の神!」

 私の背後から、ジャンヌが叫んだ。彼女は小走りに駆け寄って、その竜の顔をまじまじと見つめる。

「研究所に捕まっているはずなのに! …………リディが逃がしてくれたから、捕まってないんだった」

「天の……神?」

 これが。この竜が。

 い、いや、さほどおかしなことではない。竜は邪神の化身とも言われる存在だ。理屈的にはわかる。

 この竜は、本来ならば神殿で捕獲され、現在は拘束中の身。この後、救出イベントがあるはずだった。でもMMルートではその後ずっと空気だったし、天の神は人型で………………。

 ――中年二人だけ、進行が違うんだわ!

 この二人の場合だけ、隠しキャラにつながる特殊ルートが発生する。でも、それ以外の天の神は非攻略対象。そもそも人型にすらならないのだ。一ルートしか攻略しなかった私は、それを知らなかった。ネットの公式情報には黒い人型シルエットで、竜がどうだとは一言も書かれていなかった。

 だって隠しキャラなのだから! 普通は最初から中年にはいかないから!

 天の神が捕まっていないから、本来の力が取り戻せた。本当は倒せないはずの地母神が倒せてしまった。

 地母神は消滅。リディアーヌは憑りつかれることなく、今後のイベントも発生しない。

 そういうことになるのだろうか。

 ――ま、待って。それなら、天の神の力が宿るのはセドリックじゃないの!?

 でも、セドリックにそんな気配はない。周りにいる騎士や黒マントにも、もちろん変化はない。

 ――もしかして…………。

 私は竜の子を見下ろした。彼の方も、私をじっと見つめている。

「…………私?」

 ギイ、と竜の子が鳴く。羽をぱたぱたと動かして、まるで肯定しているようだ。

 ――……嘘でしょう。


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