表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

13

「……………………えっ」


 唖然とする私を前に、物事は淡々と進んでいく。

「フロヴェール家を陥れるため、不当な噂を流し、ありもしない罪を作り上げようとしたこと、知らないとは言わせない。今、この状況がすべて証拠だ」

 えっ。えっ。

「今日……いや、もっと前から、君の行動はすべて監視させてもらっていた」

 待って。待て待て。

 頭が追い付かない。

 セドリックは、ジャンヌに向けて言ったの? 私ではなく?

「リディ、辛かっただろう。もう大丈夫、ようやく尻尾を掴んだよ」

「えっ、えっ」

 セドリックは困惑する私を見やり、にこりと微笑む。いつも私に見せている、優しくて柔らかい笑みだけど、今は素直に受け取れない。さっきと顔つきが違い過ぎる。

「あの、わ、私を捕まえるんじゃないの……?」

「僕が、君を?」

 セドリックは虚をつかれたように目を丸くする。が、すぐに合点がいった様子で笑い出す。楽しそうだ。本当に楽しそうだ。それを見る私は、唖然とするほかにない。

「君が捕まるようなことをするわけないだろう。万が一そんなことをしたって、僕が揉み消すよ」

「揉み……えっ」

「だから、心配しなくていい。魔力も腕力もないけど、僕は絶対に君を守るよ」

 どこかで聞いたようなセリフだ。

 きゅんとしたいけど、今はちょっと無理。

「さて」

 戸惑う私を差し置いて、セドリックはさらに一歩踏み出す。視線の先には、倒れたジャンヌが転がっている。痛ましい姿だが、彼の目には同情は見られない。

「ジャンヌ、君を拘束させてもらう。君はわざと黒マントの集団に追われたふりをして、リディ――リディアーヌ嬢を巻き込み、彼女に傷つけられた振りをした。それも、僕たち騎士団が来るのを見計らって」

 ジャンヌは動かない。かろうじて、呼吸をしているらしいとはわかる。

 ――そんなことより、まずは治療じゃないかしら。で、でも口を挟めないわ!

「リディアーヌ嬢を陥れるための罠だったのだろう? 僕に騎士団を呼ぶように言ったのも、黒マントの集団も、すべて君の自作自演――いや」

 セドリックは、ふと思いついたように言葉を止める。

 黒マントの集団に視線を向けると、彼はにやりと笑った。

 ぞっとするほどおぞましい笑みだ。その顔には、蟻を踏みつぶすような、嗜虐的な愉悦が見える。

「あわよくば、リディアーヌ嬢を消すつもりだったんだろう。黒マントに襲われ、不幸なことがあったとしても、君も被害者になれる。いじめを捏造し、同情を引きたい君にはぴったりな考えだ」

「ま……」

「黒マントたちは、君が雇ったのだろう? 奴らはきっと、どこの誰ともしれないごろつきたちだ。問い詰めれば、すぐに白状するだろうね――――」

 ま。

 ままま。

「待ったあ!!」

 私の上ずった声が、暗い路地に響き渡る。セドリックが驚いた顔で私を見やる。黒マントも見る。一方私は冷や汗をかいている。

「ストップ、セドリック! 冤罪だわ!」

「リディ。……君が止めるのかい?」

 セドリックは眉間にしわを寄せる。私のことを、信じられないと言いたげに見ている。もっとありていに言えば、「ちょっとこいつアホすぎるんじゃないか」と思われている。

 いや、いや、私だってわかる。セドリックの言わんとすることに、まるで見当がつかないほど鈍くはない。はずだ。

 黒マントの集団が私たちを襲ってきたのは紛れもない事実。相手は平民とはいえ、聖女候補。それも、今一番、聖女に近い存在だ。

 これが明るみになれば、彼らを雇った人間はただでは済まない。我欲のために他の聖女候補を蹴落としたと非難されるだろう。

 だからセドリックは交渉していたのだ。彼は黒マントたちの正体を知ったうえで、すべてジャンヌのせいにして黙っていると、そう言った。

 つまりは現在、揉み消しの真っ最中。確かに……確かに私の家のためになるけど!

 ――さすがにそれは駄目でしょう!


「聞きなさい! あれはジャンヌの自演じゃないわ!」

 周辺一帯に響くほど、私は声を張り上げた。黒マントたちにも、騎士たちにも、もちろんセドリックにも聞こえている。

 私は彼ら全員を見回し、宣言した。

「顔の布を取りなさい、フランソワ! 卑怯な真似はさせないわ! ジャンヌを襲ったのは、お父さま――いいえ、私たち、フロヴェール家よ!」

「リディ!?」

 セドリックが制止する。

「リディアーヌ様!?」

 黒マントの一人――フランソワがぎょっとしたように声を上げる。

「うわああん、リディ!!」

 ジャンヌの感極まった声がする。


 ――――ジャンヌ!?


 声に振り返れば、倒れていたはずのジャンヌが立ち上がって泣いていた。先ほどまでぴくりともしなかったくせに、まるで何事もなかったかのようだ。元気そうに私の元へと駆けてくる。

 ――平気だったの!?

「リディ! 私をかばってくれるの!?」

 ジャンヌは驚く私の手を取ろうとした。その姿は、服こそ汚れているものの、傷一つない。微かな魔力の残り香から、瞬時に防御魔法をかけていたのだとわかった。

 ――ということは……演技?

「リディに近づくな」

 ジャンヌが私の手を掴む直前、セドリックがそれを制する。ジャンヌよりも先に私の手を握り、首を振った。

 セドリックが私の手を取るのは初めてだ。細身でちょっと女性的なセドリックだが、握られてみて初めてわかる。彼はしっかり男性だ。大きくて節ばっていて、力強い。

 などと、当たり前にときめいていられる状況ではない。

「騙されるな、リディ。君の悪評を流したのは、間違いなくこの女だ」

「お嬢様! お嬢様の清廉な御手になんてことを! 結婚までは絶対に手を出させるなと、旦那様の厳命ですよ!!」

 黒マントの一人が、顔を隠す布をかなぐり捨てる。その顔は、意外なことはなにもなく、やっぱりフランソワだった。彼女はこんなときまで、私のはしたない真似をとがめる。

 ――そういう状況じゃないでしょう!

 と思うけど、どういう状況なのかは、私自身もわからない。私の目の前で、私を取り囲みながら、三者三様、好きなことを口々に主張する。

「リディ、ここは雑音が多すぎる。後で僕がゆっくり説明するから、君は先に戻って――」

「させるか!」

「させません!」

 セドリックの言葉を、ジャンヌとフランソワが揃って遮る。

「耳を貸す必要はない。リディ、さあ」

「さあ、じゃない! この性悪腹黒男が!」

「お嬢様の手を離しなさーい!」

「待って! 落ち着いて! まずは落ち着いて!」

 私の静止の声は、まるで届かない。

 場は混迷を極め、騎士たちは呆気にとられた様子で立ち尽くす。黒マントの集団はおろおろしつつも、顔の布を剥いでいく。息苦しかったのか、彼らの顔にはちょっとした安堵が浮かんでいた。もちろん、全員フロヴェール家の使用人たちである。

 ――し、収集がつかない……!

 もうしっちゃかめっちゃか。投げ出して逃げようにも、手はしっかりとセドリックに握られている。しかし、誰もが私を蚊帳の外で、なんやかんやと罵りあうのだ。

「この性根最悪の陰険男!」

「なんて侮辱だ! ジャンヌ、君にだけは言われたくないな! かわいげのない!」

「いいから、お嬢様から離れなさい! 旦那様がお許しになりませんよ!」

 それはさながら、子供の喧嘩である。

「もう……もう……」

 私の口から、震える声が絞り出される。命からがら逃げていて、騎士まで引っ張り出していて、どうしてこうなってしまうのか。

 ラフォン家ともあろう者が。

 聖女候補ともあろう者が。

 フロヴェール家の使用人ともあろう者が!

 ――――大人げない!


 私はぐっと唇を噛み、顔を上げた。肩を怒らせ、胸を張る。

「あなたたち」

 口から出る声は低く、しかしよく通る。

「いい加減に――――」

 セドリックが最初に私に振り返り、ぎょっとする。

 ジャンヌが口をおさえ、フランソワが背筋をのけぞらせる。

 騎士や黒マントたちさえ、口をつぐんだ。

「――――みっともない真似をやめなさい!!」

 静寂の中、私の声が響き渡る。

 先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。誰も身じろぎさえせずに、私へと視線を向ける。

 そして――――その視線は、ゆっくりと上空に移動する。

 ――…………上?


 天と地が最も近くなる日の、前夜祭。

 空にあるのは、無数の星々だ。藍色の空に穴をあけたように、星々の光があふれ出している。

 はずだった。


「――――流星」

 空の星々が落ちてくる。儚い線を描いて空を滑り、消えていく。

 星空が暗闇に変わる中、私は思い出した。


 聖星節の前夜祭最終日。

 本当のイベントは、これからだ。


 地面が大きく揺れる。

 地母神が目覚めたのだ。

 この国を――世界を混迷に落とすために。


 ――――ただでさえ混迷極まっているのに!?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ