12
剣を構える騎士団を、セドリックは片手で制した。
その表情は険しい。普段の穏やかさは、今はひとかけらも感じられない。
冷徹な――――断罪者の顔だ。
セドリックルートをプレイしていなくてもわかる。
これがきっと、彼ルートのイベントなのだ。
セドリックが、どうして騎士団を率いているのかはわからない。
ただ、ゲームの都合で考えるなら理屈はわかる。他の攻略対象は、みんな自分で戦う力を持っている。MMは素手で熊と渡り合えるし、神官長は魔法の扱いに長けている。女装神官は制御不能の超魔力持ちで、王子殿下には自慢の剣技がある。
でも、セドリックは自力では戦えない。魔力はほとんどないし、体格は貧相で、剣だって持てないし、そもそも誰かと喧嘩したことすらなさそうだ。温和な性格も戦いに向きではないだろう。
代わりに、彼はすごく頭が良い。フロヴェール家を継ぐ資格を試すため、父が出した数々の課題をあっという間にこなしてしまった。「私の目の黒いうちは、絶対に婿など取らん」と断言し、私への求婚を拒み続けていた父が認めたくらいなのだから、セドリックは本当にすごい人だ。
だいたい男性というものは、強ければいいというわけではないはずだ。ずっと一緒に過ごすなら、傍にいて落ち着けるような、包容力のある人がいい。いろんなことを知っているから、話を聞いていてとても楽しい。
それにセドリックは聞き上手で、私の話も楽しそうに聞いてくれる。だからついつい話しすぎては、家で反省会を開くことになる。
――って、余計なことを考えている場合じゃないわ!
セドリックは戦えない。だから、彼は騎士団を率いさせられたのだ。どこから騎士たちを引っ張ってきたのかは知らないが、まあ宰相家の権限があれば造作もないだろう。
「これはいったい、どういうことだ」
セドリックが、立ち尽くす私を一瞥する。その視線は、私の中の余計な思考を一気に吹き飛ばした。
私の好きな、優しい空色の瞳が、今はとても冷たい。いつも人を委縮させる私が、逆に委縮してしまう。肩をすくませながら、小さく震えた。
今の状況はまずい。非常にまずい。
私の前には、傷だらけのジャンヌが倒れている。傷を見れば、魔法によるものだとすぐにわかるはずだ。
誰が見ても、私が魔法を放ったと思うだろう。実際、私の魔力暴走が彼女を傷つけたのは間違いない。ちゃんとした魔術師がこの場を調べれば、私の魔力の痕跡はすぐに見つかってしまう。
それに、私の背後には黒マントの集団がいる。たぶん――たぶんだけど、彼らの正体を、私はなんとなく察している。
――きっと、お父さまの差し金なんだわ。
聞き覚えのある女の声。「旦那様の厳命」という言葉に、いなくなったフランソワ。
私が聖女になれなければ、父にとっては育て損だ。私にかけた莫大な費用を回収できないまま、私という荷物だけが残ることになる。
父にとっても、ジャンヌが邪魔だったのだ。だから――――。
前夜祭の最終日。ジャンヌを襲うリディアーヌ。
助けに入る攻略対象。
目的を果たせなかったリディアーヌは、嫉妬に狂い、心の隙を地母神に突かれることになる。
地母神が表に出てくるのは、もっと先のイベントのこと。だけど実質、この時点でリディアーヌは地母神に浸食され始めるのだ。
私の体から血の気が引いて行く。私は無意識に両手を握り合わせ、俯いていた。
今のセドリックを見ていられなかった。冷徹な顔つきは、まるで別人みたいだ。
――きっとこのイベントで、私は捨てられてしまうんだわ。
セドリックは怒っているのだ。私がジャンヌを――彼が恋した女性を、傷つけたから。
最悪の形で、私はセドリックと決別するのだ。セドリックに責められたとき、平静でいられるだろうか。恨まないでいられるだろうか。
心の隙を作らない自信がない。
地母神は、きっとすぐ傍にいる。私の破滅が眼前にある。
セドリックの次の言葉が、怖くて仕方がなかった。
セドリックは足を踏み出した。
ゆっくりと私たちに歩み寄りながら、口を開く。
「さあ、説明してもらおうか」
黒マントたちが慌てて逃げようとする。が、背後の路地裏から現れた騎士たちが逃走を許さない。前も後ろも囲まれているのだ。
「今の状況も、これまでしてきたことも」
騎士たちが剣を構える。セドリックは見向きもしない。
「君がした卑劣な行為を、すべて白状するんだ」
コツン。最後の足音が響く。
セドリックは、私の目の前で足を止めると、微かに口の端をゆがめた。
それは、笑みだったのかもしれない。私の見たことのない、私の知らない表情。
彼の顔に浮かぶのは、背筋の凍るような――よこしまな愉悦だった。
「もはや言い逃れはできない。わかっているだろう――――ジャンヌ」
えっ。
――そっち?




