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 路地裏で、私はジャンヌの背中を見つけられた。

 セドリックの姿はまだないようだ。ジャンヌ一人が逃げている。

 ――攻略対象が助けに来るのはどのタイミングだったかしら? 騎士団長のときは、もっと早かったような……。

 MMルートでは、路地裏を逃げている時点で傍にいた気がする。ただ、今回のジャンヌはセドリックルート。攻略対象ごとに差異があるのは当然だ。

 こんなことになるなら、ゲームをきちんとやり込んでおけばよかった。前世と今の自分は違うけど、後悔の念だけは、いつまでも頭の中にこびりついている。今さらもう、手遅れだけど。

 ジャンヌが路地裏の奥へと向かう。しかし、あっちは袋小路だ。

 王都に来たばかりの彼女は、町の構造に詳しくない。私だって普段、一人で町を歩くことなんてめったにないけれど――。

 ――たしか、先回りできる道があったはず。

 勉強だけはしてきた。町の地図も頭の中にある。引きこもりで地図も読めなかった、過去の自分とは違うのだ。


 〇


 祭りの喧騒から離れた、家々の影。

 ここまでは、祭りの灯りも届かない。空は建物にさえぎられ、星々さえも遠いように思えた。

 夏でも、夜風は少し肌寒い。だというのに、私は汗をかいていた。

 冷や汗だ。


 路地裏には打ち捨てられた木箱が重なっている。道は狭く、人が一人通るだけで精いっぱいだ。入り組んだ裏道は、どこが袋小路に向かっているかわからない。

 その狭い通路の木箱の影に、私はジャンヌと隠れていた。

 いや、私がジャンヌを押し込んだと言う方が近いか。

「んー! んー!!」

 私はジャンヌの口をふさぎ、暴れようとする体を押さえつけていた。

 私たちのすぐ傍を、黒マントの男たちが駆け抜けていく。

「探しなさい! 必ず例の娘を捕まえなさい! これは旦那様の厳命です!!」

 足音とともに聞こえた声は、意外にも女のものだった。だが、気迫は男顔負けだ。勇ましく、空気が張り詰めるような強さがある。

 ――――でも今の声、聞き覚えが……。

 私がそう思うより早く、彼女の叱責を受けたマントの男たちの咆哮が上がる。耳を澄ませてはいられない。

 私はジャンヌをおさえたまま、肩を震わせた。

 ゲームとして見ていたときは、よくあるイベントとしか思わなかった。実際に体験してみて、その恐怖がよくわかる。

 このままシナリオ通りに進むのなら、ジャンヌはこの後も、ずっとこんな事件を繰り返すのだ。

 ――ヒロインだから大丈夫、なんてはずないわ。ゲームの通りに進むなんてわからないのに。

 ゲーム通りなら、私は悪役。地母神に憑依され、ジャンヌたちに追い詰められるまで死ぬはずはない。

 でも、今、どうしようもなく怖い。見つかったら殺されるんじゃないかと怯えている。

 ジャンヌだって同じだ。押さえつけた体から、微かな震えが伝わってくる。



 足音が遠ざかってから、私はジャンヌの体を解放する。

 彼女は慌てて私から離れると、木箱の影から這いだした。

「な、なにをするの……! なんでリディ……アーヌ様、あなたが!」

「なぜって? 見知った顔が追いかけられていたからよ。当たり前でしょう」

「だから私を助けたっていうの!?」

 路地裏に、ジャンヌの困惑が響く。彼女の顔は渋い。複雑そうなその顔に、助かったことを喜んでいる様子は見られなかった。

 ――もしかして、ここって本当はセドリックが助けに入るシーンだったの?

 私の存在が、イベントシーンの邪魔をしてしまったのだろうか。この状況でまだイベントを考えられる彼女は、もしかして私よりも、ずっと肝が据わっているのかもしれない。

「助けないほうが良かったのかしら?」

 私は眉間にしわを寄せ、腕を組んでジャンヌを見やる。

 ジャンヌは、びくりと体を震わせた。怯えさせてしまったのだろうか。そんなつもりはなかったのに。

「……そういうわけじゃないけど。ああでも、これじゃ計画が……いやでも、このイベントちょっとおかしかったし、これはこれで……? だけどそれじゃルート分岐がおかしなことに……」

「ジャンヌさん?」

「ひゃい! な、なんでしょう、リディ…………アーヌ様!」

「リディでいいわ。言いにくそうだし。私もジャンヌと呼ばせてもらうわね」

「……リディ」

 ジャンヌは口元に手を当て、遠慮がちに言った。リディはゲーム内でもたびたび出ていた、リディアーヌの愛称だ。プレイヤーなら、そっちの方に馴染みがあるだろう。

 私としては、呼ばれ方などどうでもよい。それより、本題だ。

「ジャンヌ、あなた、どうしてあの男たちに追われていたの?」

「………………わかりません」

 私が尋ねると、ジャンヌは警戒心を残したまま、首を横に振った。

「前夜祭で、セド――連れとはぐれてしまって。一人で迷っていた時に、突然襲ってきたんです……」

 ジャンヌは難しい顔で、慎重に言葉を選ぶ。隠し事をしているような口ぶりだ。

 ――まあ、当然ね。

 ゲーム内では、そもそも私がけしかけたはずの男たちだ。本人を前にすれば、用心深くもなるだろう。

 でも、私は男たちをけしかけてはいない。

 だからこそ、あの男たちが謎だった。

 ――他の令嬢の仕業? それとも、セドリックルートでは別に犯人がいるの?

 考えたところで、今の私にはわかりそうにない。明日にでも、人を遣って調べさせるべきだろう。少女が襲撃されるなんて、聖女候補として見過ごせない事件だ。

「とりあえず、今日はもう帰りなさい。一人じゃ危険だから、私が家まで送っていくわ。あなた、たしか神殿で生活しているのよね?」

 ジャンヌは孤児院にいたため、王都に自分の家を持っていない。だから神官たちの暮らす、寮の様な場所で生活をしていたはずだ。

 その寮は男女別の二人部屋で、ジャンヌは女装した見習い神官と相部屋だった。もちろん、この見習い神官も攻略対象だ。

 攻略対象六人中、中年二人、女装一人、うち一人はマゾ兼任。今思うと、けっこうな色物ゲームだ。まっとうなセドリックに向かうのは、考えてみれば当たり前なのかもしれない。

「はい。……あ、でも大丈夫です! セドリ……連れも探さないといけないので!」

「セドリック、って言ってもいいわよ」

 私はふん、と息を吐き、空を睨みながら言った。平静を保とうと顔に力を込めれば、つられて組んだ腕にも力がこもる。ぎゅっと自分の腕を握りしめる。

「セドリックと一緒に、前夜祭に来たんでしょう? 知っているわ」

「……そう、ですか」

 ジャンヌは視線を落とす。二人向かい合っているのに、視線は一向に合わない。

「セドリック、優しいでしょう。……素敵な人でしょう?」

「ええ……そう、優しい。ああ、まあ、表向きはそうかあ……」

 ジャンヌがうつむきながら、私にそっと視線を投げかける。

 迷うような口が、ささやく。哀れみのこもった声で。

「……あの人は――セドリックは、優しいだけじゃないですよ」

 言外に告げている。

 ジャンヌは、私の知らないセドリックの顔を知っているのだ、と。


 だが、傷ついている暇はない。

 私たちは追いかけられているのだ。


「いました! あそこです!」

 路地裏の奥から声がする。立ち話をし過ぎたのだ。

 黒マントの男たちが私たちに気がつき、向かってくる姿が見える。

 私はジャンヌの手を取ると、一目散に逃げだした。

「追いなさい! …………い、いえ、待ちなさい! 隣にいるのは――――」


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