00:Prologue
暖かな日差しが、私の瞳を擽る。
柔らかな風が、私の肌を撫でる。
全てを包み込むその感覚に、私は静かに目を開けた。
「……ここは」
両の眼に映ったのは、白と黒の彼岸花がどこまでも咲き乱れる、花畑の絨毯の上だった。
纏っていたスーツはそこに無く、ただ生まれたばかりの時と同じ姿で私はその世界の地面に腰掛けていた。
風の薫りは生の息吹を帯びていて、ぬくもりを感じる。
辺りには禍々しい緋い夜光虫では無く、黒と白のアゲハ蝶が飛んでいる。
胸の傷も消え、左目も元に戻っている……それ以上に、自分の体が複製されたそれとは違うと、感覚的に感じた。
どうやら体が一から生成しなおされたらしい。
「……はぁ」
私はぽつりと、ため息を吐いた。
結局、母が何を思って居たのかも分からなかった。
ただ、少なくとも分かったのは、私は生きている、という事だった。
試しに私はこの柔らかい絨毯に寝そべってみた。
「どうしたの?もうお昼寝かな?」
そんな私の視界に、早速黒髪の来客が現れた。
「疲れたの、ルイン……少し眠らない?」
「そうだねー……折角、みんなやっと眠る事が出来たみたいだしね」
ルインも武装や衣装を一切身に纏っていなかったが、その姿に特別機械らしい特徴は見当たらなかった。
よく見ると関節部などにパーツの合わせ目が確認出来たが、かなり人間に似せた個体なのだろう。
彼女も私の隣に横になると、大きく深呼吸をして空を見つめた。
どこまでも青い、青い、うっすらと星すらも見える空だ。
「……人と機械の罪……母たちの思惑……アンクは、結局なんだったと思う?」
「……私には分からない。でも……」
飛んできたアゲハ蝶が、私の指先に止まった。
複製品でも、幻覚でも、疑似生命体でも無い、ひとつの命を持った蝶だ。
「……もう、いいと思う、前のことは」
「……」
「こんな言い方は違うかも知れないけど……でも、全部、無かったことになったんだよ。人の罪も、降り積もる灰も、終われなかった命も……だから、もうこの世界とは、私達とは関係ない。また1から、始めないとね」
「そうだね……んんーっ!」
ルインは強く伸びをしてから、再び立ち上がった。
「だとしたら居ても立ってもいられなくなったかな!時代は1からやり直し!世界は全てがリセット状態!今の時代はどこら辺?原始時代とか?それとももっと前とか?」
「ルインって、機械の割に意外と適当だね……」
「そうかな……オーンにも言われたんだよね……」
彼女は小恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに、機械らしかぬ笑顔を浮かべた。
産まれて一度も覚えた事のない感情が胸を擽った。
前は、どんなに手を伸ばしても掴む事が出来なかったような、そんな感情を……。
「じゃあ、試しにこの花畑の向こう側を見に行ってみようか!」
彼女の差し出した硬く冷たく、温もりのある手のひらを、私は握り返した。
「うん……一緒に行こうね」
「……アンクって、意外と笑顔可愛いんだね」
「そ、そうかな……ありがとう」
今度は妙に照れくさい、こそばゆい気分になりながら、私は立ち上がった。
暖かな風が吹くこの世界を、命の芽吹いたこの世界を、私達は歩き出した。
この世界の最初の観測を、歴史の記憶を、物語の始まりを、見に行くために。
まずは、私達の物語を描くのだと。




