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Ⅴ.

 灰に覆われ、野宿を繰り返しながら私は遂に塔の足元へ辿り着いていた。

 白く、神々しいその塔は、しかし夜光虫の光を身に纏ってないからか、酷く無機質に感じた。

 継ぎ目の一切無いのっぺりとした壁からして、恐らくこれは物理的な建造というよりは生成に近い作りをしているのかも知れない。


「遂に辿り着いた……さぁ、そのコードを」


 アイに言われ、私が背骨から延長する尻尾のようにスーツに備え付けられていたケーブルを操り壁へ近付けると、壁の一部が変質し、端子を顕にした。

 そこへケーブルを接続し、目を閉じる。

 意志によってシステムを操る事で、塔の内部へと通ずる扉を開いた。

 重々しく変形する壁面。

 全く灰化する気配が無いその無欠の塔の入り口は、ただ静かに私を迎え入れた。


 塔の内部へと踏み込む私。

 暗い空間にただぽつりと、白く無機質な床が待ち受ける。

 そこに私が立ったとき、ようやくそれは現れた。


「……」

「……」


 暗闇の向こうから現れる、赤い瞳。

 しかしそれはキュクロスやモノのような輝きでは無い。

 私と同じ……いや、私と違う……観測する為の眼だ。


「君が……もう一人の私」

「僕が……もう一人の君」


 暗闇から現れたのは、機械。

 黒い髪に、赤い瞳。

 私のものより更に機械的なボディ。

 右目に埋め込まれた、鍵。


「久しぶりだね、アノッ……いや、今はこの名前じゃなかったね……オーン」

「……いつぶりだろうね、アイ」


 もう一つの声が脳裏に響く。

 恐らくアイと相手の鍵……オーンが通信のようなもので会話をしているのが直接こちらにも流れてきているのだろう。


「その子は……アンクって言うんだね」

「そう、僕のストーカーだ」


 姿かたちの違う、もう一人の私……自らを「僕」と呼称する機械仕掛けの私に、何故か、物凄く、懐かしさを感じた。


「アンク、初めまして……僕はルイン……」

「ルイン……私達は、どこかで……」


 私達は触れ合おうとしても、そうはいかないと分かっていた。

 この左目が、右目が、指し示すのだ。


 私を殺せと。

 私を生かせと。


「僕達に言葉は要らない。きっと、昔もそうだったんだ……」

「……殺し合う意味は?」

「いいや……僕が君を殺す。だから君も……」


 ルインが携えた白いブレードが赤熱する。

 その輝きは、私の眼をくらませた。


「僕を殺してほしい」

「アンク!君は生きなきゃ駄目だ!」


 刹那、目の前に現れるルインの刃。

 アイの声に突き動かされ、咄嗟に身をのけぞり、距離を取る。

 私が着地すると共に、足元の床がまるでエレベーターのように上昇を始めた。


「……アイ、私は……なんのために生まれて、生きたの?」

「それは全て……君が母にならなければいけないからだ」

「そんな……ッ!」


 私の言葉を遮るように二撃目が顔スレスレを襲う。


「僕は何故……殺す?」

「それはね、ルイン……あなたが世界を造らなければならないから……いや、それ以上に、あの子を殺さなきゃいけないから」

「でも……!」


 迷いのあるルインの刃は私の体をかすめるばかりだった。

 だからと言って……。


「アンク!なんで攻め返さないの!?」

「私はただ生きるのが目的……ルインを殺す必要は無い!」

「でもそうじゃなきゃ、確実に彼女は君を……」

「そんなこと……」


 そんなことは無い、私は彼女の太刀筋を視れば、私を殺す気が無いことなんて分かったのだ。


「オーン……なんで君は僕に殺しを急かすんだ……人を殺すのが、機械の役目じゃない」

「さもないと壊されるよ?」

「でも君は彼女を殺すのが僕の目的だって……!」


 研ぎ澄まされた熱刃が私の髪を撫でた。

 髪の一部が融解し、灰となる。


「感情的になりすぎ、ルイン……君は……」

「……っ!」


 突如大きく揺らめく足場。

 どうやら塔の最上階にまで行き着いたらしい。

 そこには一つの台座だけがある、真っ暗な空間だった。


「……できない、できないよ……僕には……」

「……」

「だって……だって僕には、彼女を恨む理由が無い!」


 ブレードを床に突いたルインは俯き、涙を流すばかりであった……機械である彼女が、涙を。


「君達はそう運命付けられている。この滅んだ世界が生まれる、ずっと前から……」

「そんな……そんなの、私は知らない」


 アイの言葉に、私は首を振る。


「でも運命は……残酷なんだ」

「なんで?私達は……ついさっき生まれたばかりだし、世界のことなんて知らない……なのになんで……片方が消えなきゃいけないの?」


 私までも戦意を無くし、ブレードを床に突く。


「ねぇ……終わりにしようよ、もう……」

「アンク……君は……」


 ルインの濡れた機械の左目が、真っ直ぐ僕の瞳を見つめた。

 それから目を閉じた彼女は、静かに頷いた。

 しかし……。


「……なら」

「仕方ない、か」

「っ!?」

「なにっ……!?」


 突如左目から走る電撃。

 意識があるにも関わらず、私の言う事を聞かずに動き出す体。

 私とルインはお互いに武器を構え、向かい合う。


「嫌だ……嫌だ!殺したくない!」

「どちらにせよ……そうでもしないと、終わらない」

「アイ!?どうして!」

「仕方ないんだよ、僕達は……そうじゃないと、終わらない!」


 体が言う事を聞かない。

 まるで縛られ、操られる人形に自分が成り果てているかのようだった。

 お互いに刃を突き立て合い、走り込む。

 もはや、自分達ですら止められなかった……。

 しかし、その刹那。


「やめて!二人とも!」

「なっ!?」


 突然暗闇に響く声と共に、私達の体も止まる。

 そこに立っていたのは、一つ目のアンドロイド、モノだった。


「モノ……!生きてたのか!?」

「なんで殺し合う必要があるの?なんで殺し合わせるの?二人共……関係ないじゃない!」


 私は彼女の声に驚いた。

 何故なら、今まで会って来たどんな存在よりも感情的だったからだ。


「だけど運命が……」

「彼女達は彼女達でしょ?」

「……」


 体の拘束が解ける感覚と共に、お互いのブレードが床に転がる。

 私とルインは顔を見つめ合い、そしてこちらに歩いてきたモノの方を見る。


「私達は私達の選択をするべき……運命も、使命も、全部自分で選ばなきゃいけない……」

「モノ……」

「……なるほど、そういう事だったか……君達は怪物なんかじゃなかったんだ……」


 左目の映像にノイズが入り始める。

 対面するルインの顔も、右目の映像にノイズが走っているようだった。


「私は……私の使命を果たす。だから……」


 次の瞬間、視界がひっくり返るような感覚を覚え、咄嗟に目を瞑る。

 迸る激痛。

 何かが抜け落ちるような感覚。


 恐る恐る私とルインが目を開いた時にそこで立っていたのは、私達の埋め込まれた鍵を、右目と左目を手に持つモノの姿だった。


「モノ……?」

「何を……っ」

「人間か機械か……そのどちらかしか鍵に成れないなら、それら二つの鍵を自分に挿し込んで、自分自身をひとつの鍵にする……」


 二つの眼を握り締めたモノの手に神経が浸蝕し、全身に赤黒い紋様が広がる様にして単眼へと集っていく。

 二つの意志を継いだ彼女の瞳は、先ほどとは違った赤に見えていた。


「モノ……君の目的って……」

『私はもうモノじゃない……アイと、オーン、その二人の器……二人であり、モノではない……』


 轟音が鳴り響く。

 どうやら外の街、そしてこの塔までも灰となって崩れ始めているらしい。


『でも……これは二人の願い……ルイン、アンク……』


 足先から灰化が始まるモノ。

 私達は彼女の手を握った。


『次の世界では……仲良く、ね……』

「……わかった」

「わかったよ……」


 崩れ落ちる、モノの微笑み。

 そこには、一つの紅い眼球が……鍵だけが残った。


「……ルイン」

「うん……あそこだね」


 一つの瞳を拾った私達は、空間の中央に位置していた台座へ歩み寄る。

 塔の壁までもが崩れ始め、崩壊が始まる世界を見渡せた。


 崩れ始めたビル群からは緋い夜光虫たちが淡く飛び立ち、儚く空中で消えて逝く。

 立ち込めていた雲も、地面も、何もかもが、灰となって消え始めていた。


「……次は、間違えないようにしよう」

「そうだね……僕達の、子供の為にも……」


 そして私達は鍵を台座の鍵穴へとはめ込んだ。


 空が、割れた。

 凄まじい風と共に、灰は流され、霧が晴れた。

 天から差し込める光が、私達を照らした。

 散った灰が、光が、全て目の前の鍵へと収束し、そして一瞬の闇が私達を包み込む。


『僕達は、私達は……これでやっと眠る事が出来る……自分達の贖罪も、長すぎた生も、これで本当に終わるんだ……本当に、本当に……ありがとう……次の世界では……君達が……』


 僅かに聞こえた、聞き覚えのある声達。

 そして全てが終わりを迎えた、その空に……



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