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 塔へと向かう道すがら。

 都市中腹へと向かう為の紅い橋が前方に見えてきた。


「鍵穴は塔にある……いや、あの塔自体が巨大な鍵と考えるべきか」

「鍵は……アイだけなのかな」

「……」


 不意な私の質問に、アイは押し黙る。

 その時、周囲の夜光虫の輝きが急に揺らめき出し……それがキュクロスの瞳の輝きだと気付いたのは、周囲に降り積もった灰が宙に舞いより濃い霧を作り出してからだった。


「キュクロス……この数は……っ」

「……彼女達、キュクロスが死して尚動き続ける死体と化した原因は、もうひとつあの目以外にも理由がある」


 ライフルを持ち上げた時、ふと脳裏にひとつの勘が迸り、それを頼りにライフルを構え直すと思った通り、銃身のレールが赤い輝きを帯び、ブレードとしての形をとった。

 灰の霧によって相手の距離感が正確に掴めない状況で長柄の銃器が不利になるというなら、接近して来たところを切り返すべきだと判断したのだ。


『るるるるる……』

「かつての時代……人と機械の関係は良好なモノでは無かった。どんなに機械が人間的な感情や思考、理性を得ようとも、人はそれを正直に受け入れず、機械もまた身勝手な人を拒んだ。しかしそれは自然の摂理と言えるのかもしれない……神々が人を愛さなかったように、人もまた機械を愛さなかった。少なからず、その双方の関係には因縁のようなモノがあったのかもしれない……黒と白……それらを別つ赤い光……その二つは決してまじりあうべきモノでは無いと、そんな不確かながら確かな因縁が……僕はそう感じる」


 霧の中で揺らめく、無数の紅い光。

 甲高い鳴き声と共に霧中より現れたキュクロスを見切り、私がブレードを振るうと、彼女の腹部に接触した電撃は赤熱を帯び、確実にその夜光虫の輝きに耐えうる為の堅牢な装甲を、機器類を、肉体を、溶断し、上下真っ二つに切り裂いた。


『るっ……』

「彼女達の欠陥は目だけじゃない……その体にあった。機械と人が対等に混じれるはずがなかったんだ。きっと人々は、機械は、その二つの関係を強引に結びつけることで新たな希望が見えると妄信したんだ……そんなもの……絵空事だと知りながら。せいぜいは、アンクのような補助的なデバイスとしての機械を体に埋め込むのですら拒絶反応で精一杯なのに……全く、哀れな存在だ」


 溶断された末端からキュクロスの体は一瞬にして融解し、そのまま爆散して灰となり散り散りになった。

 そんな状況を観察していればすぐさま次の個体が頭上より襲い掛かってくる。

 もはや、一々彼女達の散り際を視るのもただ虚しくなるだけだと判断し、脳天から股にかけて両断したのを確認すると、頭上より降り注ぐ灰を浴びながら次の瞳に狙いを定めた。


「数が……多い……」

「……私は鍵になった。いや、鍵は確かにいくつもあった、しかしそのどれも不完全なもので、時の流れの中で光の浸蝕に耐えられず灰になるばかりだった。僕はその中でも偶然残った、体は灰になってしまったけれど……でも君のおかげで鍵だけは何とか取り残せた」


 爪を立て突撃して来た個体の胸にブレードを突き刺し、振り払った。

 地面を転がったその肉体は私から数歩離れた所で心臓部から暴発し、灰となって爆散した。

 ただただ散った灰だけが残る。

血すら残らない。


「……ただ……鍵は確実に僕だけじゃない。だって僕は知っている……その、まだきっと生きているもうひとつの鍵が何なのかを……」

「次っ……」


 迸る無数の赤い閃光。

 泣き叫ぶキュクロス達の慟哭。

 立ち込める霧。

 熱。

 光。

 飛び散る灰。

 鉄。

 肉。


「アンクも感じているはずだ……この世界に生きているのは、恐らく……君だけじゃない。きっとあの塔で……もう一人……あの子を右目にした物が現れるはずだ。そう、物、だ……」


 紅い瞳の数も確実に減り、それでも私はブレードを淡々と振るい続けた。

 浴びた灰で自分の髪が斑模様に染まりつつあるのを感じながら、私は最期の一人を目に捉えた。


「あの目の名前は……オーン。恐らく、次会った時はそう名乗るだろう……僕と同じように、かつての名前を忘れて……きっと、自分のメモリを消去してまでも……」

「最後……っ!」


 私のブレードの熱が、最期の一体の首筋を捉える。

 はねられた頭部が宙を舞い、その一つ目が私の顔を追う。

 僅かな刹那にそれを見た私は、直後、自分に降りかかる灰を肌で舐め、息を吐いた。


「……オーン。鍵は、一つでなければいけないの?」

「そう……昔からそう決められている。次の世界を見る目はひとつ、ってね」


 灰が晴れ、橋へと踏み込もうとした私の背後に感じる、一つの気配。

 咄嗟に振り返ると、そこには一人の見覚えのあるモノが立っていた。


『……う……』

「アレは……最初に倒したはずのキュクロス?」

「まさか……そんなはず」


 体のあちこちが破損したのか、灰化したのか、破れたドレスからは白い肌、場所によってはその肌すらもめくれ内部の筋肉、骨、機構が露出し、私の血によってなのか残されたスーツの一部や髪の一部を赤く染めた一体のキュクロスが立っていた。

 頭部には先ほどの瓦礫が刺さったのか、赤黒く歪な角が額から見えた。

 ひとつ目は紅く輝いていたが、しかしその輝きは……。


『ア、ン………わた……」

「言葉を……話そうとしている?」

「……アレは……まさか自我を?脳に刺さった破片の影響か?それともさっきの電磁波が……」


 ボロボロになった左腕を抱え、こちらによたよたよ歩み寄ってくるその目は、私をずっと見据えている。

 しかしその目は、先ほどまでの本能的な、無感情の物では無かった。

 何かを……確かな何かを感じた。


「アン……ク……たし……は……」

「まさか……一つ目が目覚めるなんて……レプリカの眼だよ……?」

「キュクロス、君は……」

「わた、しは……モノ……名前……」

「自分の名前まで……」


 モノと名乗った彼女は、私の方へ手を伸ばそうとする。

 しかし。


「っ……」


 刹那、再び迸る気配。

 首筋をひっかくような感覚。

 それと共に、地響きが辺りを揺らめかす。


「なに……」

「っ!アンク!身を引いて!」

「アンク、私は……っ!?」


 私が咄嗟に身を引いた直後、周囲に立っていたビル達の根本が灰化し、頭から崩れ落ち始めた。

 轟音を巻き起こしながら灰化したビルはモノを巻き込み、彼女諸共、道を閉ざしてしまった。

 もはやそこにモノの気配は感じない。


「モノは……」

「遅かったみたいだ……でもさっき感じたこの気配……間違いない……」


 暫く私はその灰の山を見つめた。

 紅い光に耐えうる作りになっていたはずの建物ですらも、砂の城のように崩れ落ちる。

 恐らく、全てが灰に還るのもそう遠くないだろう。


「……行こうか」

「……わかった」


 私は再び、橋へと踏み込んだ。

 もはや、振り返ることも無かった。


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