第21話 ジゲン流始めました
オロチを村に迎え入れてからしばし。
村の中央広場にある練習道具を設置した。これがまた設置するのにすげえええ面倒だった。
と、いうのも、なるべく堅くて丈夫な木を立てて地面に固定するのだ。詰まり、長い棒をある程度の長さ地面から出して後は埋めるのだ。これがもう、見た目は単純で質素でチャチい癖に…思い出したくもない位手間だった。手間だったよおぉおぉおぉ~ぉ。……兎も角!
それともう一種類、こちらは全然手間じゃなかった道具を用意して、子ども達に語り掛ける。
「は~い、これから新しい練習を紹介しま~す!気に入った子はこれからコレを続けて貰って構いませ~ん」
言って練習道具の前に立つ。
ハイ、この練習には二本の長い棒を用意します。長い、と言っても一本はヒトが持てる範囲内の棒です。もう一本がぁ、その…地面に埋めたヤツです。大人の身長よりも高く地面から出てます。真っ直ぐ上にです。
でぇ~、練習と言うのがぁ~、手に持った棒で地面から出た棒をぉ~ひたすら殴り続けるというとってもシンプルな内容な訳です。ハイ。
今までの心労の故か、自分でも目がギンッと鋭くなったのを感じた。子ども達がビクッと怯えた気配も感じた。
八双に構える。
「東郷示現流、立木打ち。行きます!
きいぃええええええええええええ!!!」
「ま、ままっ待った!待ったー!!」
ワットが止めに入った。織り込み済みだったのですぐ止めたが、みんな怖がっている中で止めに入るとは勇気が有る…否無謀な奴よな。
「そのきえーっての、やんなきゃダメなのか?」
「嫌ならやらなくて良いよ」
「きえーってのを?」
「東郷示現流を」
「……分かった。続けてくれ」
「では改めて。きええええええええええええええ!!!」
ががががががががががががががががががががががが!!!!
打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ!!ひたすら打つ兎に角打つ反動すら利用してどんどん打ち続ける!!!
某ファミリーなコンピュータの名人の様に!!………いや何でもない。何でもないぞお~!
20秒位打ち続けた。というのも、筋力にはすぐ出るけど長持ちしない力からすぐ出ないけど長持ちする力まで三段階あって、区切りが大体20秒と1分なのだ。第一段階でやめといた、という訳だ。
構えて動きを止める。が息は荒くなる。
「ふぅーっふうぅーっっふぅぅぅーっ」
こちとら喘息の呼吸困難を知っている身だ。いや、この体じゃないけど。正式に学んだモノではないが自分を誤魔化して無理矢理呼吸を落ち着ける術は心得ている。
「これが東郷示現流の練習、立木打ち」
「これぞ示現流じゃああー!!」
とかほざいたのはオロチだ。自身は剣客ではなくとも練習風景なんかは知っていたのだろう。
「北国の農民なんぞと言った日には肝を冷やしたぞ!驚かすとはヒトが悪いのう!」
正直に言ったまでなのだが。
「どんな紛い物が出て来るかと思ったわ!実はすぐ近くにも下級武士如きでも学べる紛い物が有ってのう!」
そんな事を言っているオロチにも見える様に次の構えをする。もう一種類の練習道具に向かって。
もう一種類の練習道具は、細い木々を束ね、横にして地面から少し浮かせて両端を支えた物だ。
そして構えは………
通常腰を落とすと言えば中腰位だが、しゃがむ程に腰を落とす。右膝もしゃがむ程に曲げきる。しかし左脚は横に突っ張る様に真っ直ぐ伸ばしきる。
そして持っている棒は八双よりもなお天に向けて突き上げる!
わざとオロチにも見せる様に構えたが………
「それじゃあああああ!!!」
やっぱし。
シャールがぽつりと言う。
「それ、紛い物なんですか?」
「それは自分の目で確かめるものだよ」
と、返したら。
「そうですよね!」
シャールの目がキラリと輝いた。よし、シャールの目は先入観に曇ってはいない!
「次の練習道具は横木と言いま~す!そして練習を横木打ちと言います。
では行きます!」
「いや待て!その構え?何だよ!」
ワットが突っ込む。が、元々誰かが聞いてくる前提で待っていた!
「薬丸自顕流!蜻蛉の構え!!きいぃええええええええええええええ!!!!」
「五行の構えが基本とか言ったそばから違う事やりますか」
シャールのぼやきが聞こえたが。
誰がちょっと変わった事をやってもいちいちうろたえない様に、という思いを込めての事だ。
シャールなら読み取ってくれるよね?
さて、横木までは距離が有るが、わざと此処から始めたのだ。
右膝から上半身を滑り落とすかの様に踏み出し。
駆ける駆ける駆ける!!横木に向かって突撃する!!駆けて駆けて駆け続け…!!
横木が間合いに入った瞬間!!!
っばああぁぁぁんん!!
構えていた棒を打ち込む!
更にその場で構え。
「きえっっきえっっきえぇえええええ!!!」
ばんっばんっっずばあぁぁん!!
何度か構えては打ち、を繰り返す。構えては打ちなので高速連打にはならない。
最後に構えてぴたりと止まる。残心を意識して、だ。
それから直立して言う。
「これが薬丸自顕流。どう?」
「カッコ悪い」
ワットが即座に言った。本場のヒトに怒られるぞ!!
「カッコ悪いで済ませてはいけません!!」
何だかシャールが興奮気味に言う。
「東郷示現流が高速連打の流派ならば薬丸自顕流は突撃の流派!遠くに居ても全く安心出来ないという事です!そして!今ちいは練習だから何度か打ちましたが、実戦では一撃必殺を狙う!そうですね?」
「そうそう!その通り!」
本当にシャールは読み取ってくれる。
「一撃必殺!それも何か凄そうな響きだな…!」
「は~い、欲張らないでどれか一つにしといてね~!今までのままでも良いし!」
「ちいは色々やってんじゃないかよ!」
やっぱりワット。黙ってない奴だなあ。
「自分は中段の素振りが基本だよ。後は実演して見せているだけ」
「本当か?本当にそうか?」
「あの、僕は中段の素振りを続ける積もりですが、薬丸自顕流を試して良いですか?」
シャールが主張してきた。武器に見立てた長い棒を渡してやる。
シャールには悪いが、賢いからと言ってすぐ真似出来るものではない、という所が見られるだろう。
シャールは構える。それは真似出来ているが。
「きえええええぇぇぇぇえええええええええ???!」
気合の声は一歩地を蹴り出した瞬間戸惑いの声に変わり、2~3歩で止まってしまった。
「何やってんだ?」
ワットが遠慮容赦無く言う。
「これ難しいですよ?!
先ず、蜻蛉の構えから走り出すのが辛いです!」
筋力に頼る西洋的な走り方では辛かろうな。
「それに武器を構えたまま走るのも難しいです!」
体を捻る西洋的な走り方では難しいというかいっそ無理だろうな。
「ちいはサラッとやってたじゃん」
「そうなんです!ちい!どうやったのですか!?」
「自分、普段からなんば歩きしているからね」
日本古来の歩き方だ。西洋的な歩き方が一般的になってしまってから後付けでそう呼ばれる様になったのだとか。
「なんば!出来る限り重心移動のみを推進力とする機動術!」
シャールはしっかり覚えていた。言葉上は。
「何だよそれ」
ワットが言うが、殆どの子達の総意であろう。
自分はマイケルジャクソンの様に体を斜めにして立つ。本格的に練習した訳ではないので知っているヒトが見ればチャチいと思うだろうけど。
「体を傾ければ倒れそうになる。これを利用して移動するのがなんば。
今は大袈裟に見せているから、見た目姿勢を変えずに移動するのが上手な動き方」
「いや待ていや待て!何だよ何なんだよそれは!」
ワットが凄く反応してくれたので今度はムーンウォークをしてみる。やっぱりチャチいだろうけど。
「だから何だそりゃああ!!」
「ポーゥ!!」
「意味不明な事すんなあああ!!!」
うん、面白かった。普通に真っ直ぐ立つ。
「急に無表情になるなああああ!!!」
あれ、まだワットの突っ込みの対象の様だ。
と、ピュアに後ろから抱きつかれ、顔を覗き込まれる。
「ん?ピュア?薬丸自顕流やってみたいの?」
ピュアはにこ~っと笑うだけだが何故か分かった。
シャールがピュアに棒を渡す。
ピュアはスッと構える。んん?!!極自然に、さりげなく、目の前なのに気を抜けば見逃してしまいそうな…
「きえ~」
ガクッと肩が落ちた。転がりこそしないがズッコケの第一段階というヤツだ。
声がノンビリ過ぎる。ピューマとは又違った意味で心が乱されるからヤメテヤメテ?
そして歩み出す。そう、ゆっくりだ。
子ども達は笑い出した。気の良い子達なので嘲る訳ではなく面白がってだが。
しかし。
足捌きが出来てないか?それどころか。
ちょっと考えれば分かるだろうが、ゆっくり移動する方が姿勢維持の難度が極めて高い。…実戦でコレだと役には立たないが。
ゆっくりゆっくり、時間を掛けて横木の間合いに到達し…
ずばあぁぁん!!!!!
凄まじい打ち込みの音が響き、皆黙り込んでしまった。そして。
「ちぇすとぉ~」
ピュアは言いながら棒を天に突き上げる。
日本人だろ!日本人の記憶が有るだろう!!外国人がソレ知ってるとは思えん!!
「ちぇすとおって何ですか?」
シャールが聞いてくる。
「その昔、薬丸自顕流の使い手達がそう叫びながら誰かを叩っ斬りまくったと言う……」
歴オタなら知ってるかも、位の認知度だが。
「誰かをって…死にますよね?」
「死ぬね」
「怖いですね薬丸自顕流!!」
「恐ろしいんだよ」
「それで何でピュアが知っているんです?」
「自分に聞かれても困る」
「あ、そうですよね」
「オレにもやらせろよー!!」
ワットが叫んだ。
ピュアがゆったりと来て棒をワットに渡す。
「とうとうオレの出番だぜ!」
ワットは元気に立木の前に立つ。ピュアは後ろから自分を抱き竦める。
ワットは喜び勇んでいつもコケる子だよなとやや気を付けて眺める事にする。
「いくぜ!きええええええっっ!!」
がつっ!
一打して一瞬動きが止まった。痛かったのだろう。
考えてもみればいい。
堅くて重くてしっかり固定した物を堅くて重い棒で殴ったのだ。
手に衝撃がモロに伝わったら痺れるなんてモノじゃない。
東郷示現流の肝は如何に衝撃を抜くかに在る、と言って良い。
そしてワットの困った所は此処からだ。
「きっ……きえええっ……きええ!!」
がつっ!がきっ!
つっかえつっかえ続けようとする。痛きゃあその場でやめれば良いのに。
もう続けさせたらマズいな。
そう思うと、分かっているとばかりにピュアからぱっと解放される。
自分はワットに抱きつき立木から引き離す。顔を覗き込むと。
ワットは目に涙を一杯に溜めていた。馬鹿だなあ。本当に馬鹿なんだから。
がららん!
武器に見立てた棒をワットからもぎ取って放る。棒の扱いが酷いが、今は仕方ない。
ワットを前から抱き締め、背中をさすりながら教え諭す事にする。
ワットの顎は自分の肩の上に乗せる。自分の方が小さいもので!
「左肱切断と言ってね、左手は刀を持ってはいるけど力は抜く、脱力するんだ。左腕の感覚が無い、と思い込む程に。
その左手から立木を打った衝撃を抜く。衝撃を受け止めないで逃がすんだね」
電化製品のアースの様だ、なんて思ってしまう。雲耀の剣だからってそこまで電気をリスペクトしなくて良いじゃん(笑)!勿論そんなワケ無いだろうけど。
「練習は主に素振り、何も打たないで振るだけにする。良いね。
納得したら時々立木を打つだけにしておいた方が良い」
ワットは納得してない顔だ。
「痛い事や苦しい事を我慢すれば偉い、なんて思ってたら其れは間違いだから。
寧ろダメだから」
そう思ってしまうヒトは案外多い。だから昔はスポーツ根性モノなんて分野が在ったのだ。え?自分、昔の事なんて知りませんケドね?
「ちいは見た感じ簡単そうにやってますけど、真似するのは全然簡単ではないんですね」
シャールが話を纏めてくれる。
「そうそう。言うは易く行うは難しって言葉が有ってね、何か偉そうにしてるヤツが居るけど、偉そうな事言っているだけじゃ駄目だよね。
本当は難しい事をサラッとこなしちゃうのが本当の凄いヒトだよ。そういう所見逃さない様にね」
「えーと、それって自慢…なんでしょうか?」
「ん?何が?」
「あははは…何でもないです」
シャールも時々煮え切らない事言うなあ。
いよいよ登場しました高速連打と一撃必殺の技です。これで敵が大勢わらわら出ても硬くても大丈夫というモノです。
良いですよね一撃必殺!現実的に考えるとコエぇよ!!ってものですが。でも昔のヒーローなんか正義の味方だ!とか言いながら必殺技!!死ねええええ!!とかやってますからね。
え?自分、昔のヒーローとか、知りませんケドね?