第68話 戦闘要素語ってみた
マルゲリータが一生懸命馬歩を続けようとする。が。
ぺたり
我慢しきれずに床に崩れる。
「最初から無理しても良い事無いよ」
自分はずっと馬式、まあ、呼び方違うだけで馬歩と同じ姿勢を続け、言う。
「とりゃー!!」
マルゲリータは自分を抱き潰してきた。来るのはしっかり見ていたし、無抵抗に潰された訳ではないが。
「何するんです?」
「ぎゅっと抱きしめていた方が気持ち良いもぉぉぉん!!」
「………頭大丈夫ですか?」
少々溜め、冷然と言い放ってあげる。
「ふぁあああ!コレ!!ホントに誇り高い猫ちゃんみたいだよおお♡」
「はあー。まあ、説明は済んだって事で。頑張って下さい」
「此れで終わりじゃあ投げっ放しじゃあないの?!!」
「此の姿勢では何も説明出来ないもので」
「出来るよね?!お口は動くものね?!!」
「このまま喋れってか!」
口調が崩れるが、此れがコイツの人徳だろう。人徳ぅー??って?
「それでは丁度こんな姿勢ですし、攻撃を抜かした戦闘の要素でも語ってみますか」
「丁度こんな姿勢って?」
「自分、今は口以外動かせないですからね」
「あれえええええ?赤ちゃんは女の子に抱っこされれば喜ぶんじゃないの??」
「赤ちゃん言うなあああああああ!!!」
兵役が終わる頃にはいくら何でも言われなくなるだろうけど!!
言われなくなるだろうか!
言われなくなるかなあ………なったら良いなあ…………
兎も角!!
「先ず初めに言っておきます。肝に銘じて下さい。
実戦というものは当たってはいけない攻撃が当たり前に有ります。
ので、生身一つで敵に突っ込んで行こうなんていうのは正気を疑う行為です。
よっぽど他に手段が無いというのでもなければ素手で敵に向かっていく事など
無き様」
「あれ?あれれ??今私が教わった事って無意味って事??」
「いいえ。例えば護衛のヒト達にとっても、護衛対象が全くの素人よりは少しは
戦闘を知っている方が守り易いのです。護衛対象が出しゃばらなければ、
ですけど」
「あれ?あれあれ??」
「あのですね、護衛は関係なしにしてもですね、集団戦ともなれば敵への攻撃は攻撃役に任せて、戦闘に参加はしているけれども一切攻撃はしない、という役割も普通に有るんですよ?」
「えー??」
マルゲリータは不満そうだが。
「それはまあ、素人目には戦闘といえば攻撃でしょうし、事実、敵に攻撃を当てなければ戦闘は終わらないですが。しかし、攻撃しか考えない者はー、初戦でまず
死ぬでしょうね。
運良く生きてても、二戦三戦すれば確実に死にますね」
スポーツなんかに当てはめれば。素人なファンが大騒ぎするのはポイント
ゲッターに、だけだろうが。ポイントゲッターだけしか居ないチームは勝てや
しない、みたいな。
「と、言う訳で、戦闘には攻撃以外で何が大事か、必要か、ですが。
先ずは何時戦闘が始まったか、の察知ですね。
実戦では、誰が敵で何時戦闘を始めるか、なんて誰も親切に教えてはくれま
せん。
集団戦ならば斥候という役割が有る程ですが、戦いに身を置くならば誰もが
ある程度は察知出来なければいけませんね」
「えーと、誰かが近くに居たら、若しかしたら敵に成るかもって、いつも思って
いた方が良いって事?」
「そうですね!初対面でいきなり抱き付くヤツは頭悪いとしか言い様が有りませんね!」
「そっかー。うーん」
「あんたの事言ってんだよ!」
「えっ?!あ……ははは?
ちいちゃんはお口が悪いにゃー♡私は王女サマだぞー☆」
何故かマルゲリータは頬ずりしてくるが!
「自分、地位をひけらかす奴は大嫌いなのですが」
「げふっ!!無し!今の無し!!ね♡」
げふって…
「で、戦闘が始まったら、ですが。敵味方の位置関係が迚も重要です。位置取り
から既に攻防は始まっています。
敵の位置やら距離やらを割り出すのは斥候の役割ですが、味方の位置関係を指示するのは又別に主導者という役割が要りますね。
主導者は当然、味方からの信頼がなければいけませんね。主導者に攻撃力は必要ではないのですが、それなら代わりに戦闘を有利に導く兵法に詳しいとか」
「ひょーほーって、どんなの?」
「殿下、習ってないの?」
「習ってないね☆」
まあ、王女に戦闘の知識なぞ教えないか。戦乱の世ならば分からんが。
「んー、詳しく話したら長くなるでしょうが、味方の位置関係を理屈で決めるのは陣形と言いますね。
生兵法は怪我の元、なんて言いますので、話に聞いた事を適当に使うのは駄目
ですね。現状を分析し切って、理屈で考え抜いて、経験を総動員して死ぬ気で味方を導けるヒトが主導者に相応しいのでしょうね」
ふと、トナー・リーの名が思い浮かんだ。直接の知り合いでもないのだが。
本人には戦う力が無かったというトナーはそんな風に仲間を導いたのだろうか。
「死ぬ気で導くの?」
「味方同士、命を預け合うのが集団戦というものです。だから、敵に直接攻撃
しない役のヒトはいつも或る種の後ろめたさに悩まされるかも知れませんねえ」
「どんな?」
「どう考えたって敵に直接ぶつかるヒトの方が危険でしょ?」
「そっかー。リーダーは比較的安全な所から偉そうに指示飛ばすーみたいな!」
「まあ、自分は後ろで見ててやきもきする位なら自分一人で突出しちゃいますが」
「あははは………其れでドラゴン斃しちゃったんだよねー………誰も真似
出来ないって……」
伝わっているなあ。
「で、後は役割ではなく、味方全員の防御の技術が問題ですね。
実は戦闘関連の訓練というものは、防御が大部分を占めます。防御こそが難しく練度が表れる、詰まり長年の修業が必要な技術なのですね」
例えばスポーツものの作り話で、才能は有るが素人な主人公がある程度名が
知れているライバルに対抗する場合、主人公はライバルにも通用しそうな攻撃のみを集中して練習する。其れ以外では理屈が通らないと言って良いだろう。何故か。
攻撃の方が比較的早く身に付く。とはいえ、スポーツものと言えば主人公が努力しました!という所を見せなければウソだろう。なので、ライバルはレベルが高くて主人公は頑張らなければ勝てない。ライバルはレベルが高いが、防御は難しい
ので主人公が頑張って練習した攻撃が通用する。で、主人公勝った!
ハッピーエンド!という構造だ。
まあ、スポーツと実戦は一緒には出来ないが、何となく位は皆、防御は難しいと思っているのだ。しかも、だ。
「実戦において、防御は命に関わる技術ですからね。戦いに関わる者は全員本腰を入れて練習し続けなければいけませんね。
例え、直接敵に向かっては行くなと言われたヒトも、何かを長年練習していれば無駄にはならないと言う事です」
「私に言ってんの?」
「そうですね」
「攻撃出来ないのは詰まらなくない?」
「それ、危ういヒト定番のセリフですね」
「無し!今の無し!!」
「覆水盆に返らずって言葉、知ってます?」
「何其れ?」
此の国にはそんな言葉無いのかあ。
「零れた水は器に戻せません。言ってしまった言葉も、聞いた相手の記憶が消せる訳ではないのだしねえ」
「むむむむう……消せないかな?」
「恐えわ!!」
失敗したら相手の方をどうにかしてしまおうっての?
「それで、ですよ」
気になる事を幾つか訊いておかなければならない。
「護衛任務って、何時から何時までなんですかね?」
「ん?どゆこと?」
「自分、騎士の教練に行く事も考えると、午後いっぱいって所ですかね?で、夜は帰る、と」
「あれ?ずっと居るんじゃないの?」
「えー………」
「だから、嫌そうな顔しないでえ?!!
一緒にねんねしようよ!!良いじゃない!!」
「ねんね?」
「何で侮蔑の視線向けるのお??」
「其れはわたしが困ります!!」
今度はライナが王女に物申した。死ぬぞ?
「師匠はわたしとメイさんと、三人で寝ているんです!!」
………本当にバカ。こいつバカ!
「………えーっと………?」
マルゲリータは此方とバカとの間で視線を彷徨わせる。
「恥ずかしながら、自分、此の二人と一緒に寝ておりますが、」
慣れって、怖いね。キングサイズっての?でっかいベッドで一緒に寝るのが
当たり前みたくなっていたよ。
「其処の二人、どう見えます?」
「いやー、恥ずかしいって事はないだろうけど……メイドさん、だよね?」
「先程から散々口出ししていて、無礼だなーとか」
「いやー?思ってないよ?随分熱心に付き従って居るんだねって思ってた」
はぁー……取り敢えず首チョンは無いか……
「実は此奴ら、メイド服は弟子の証とか思っていて、なんちゃってメイドなんですよ~!」
「ちい様?!わたくしまで?!」
「黙ってろ!!」
あーはいはい!メイは本当にメイドだって言いたいんだよな?黙ってろ!!
「で、本当は名の有る家の娘達で、世間知らずのバカだから、王女殿下に平気で
口出ししちゃって、困ったなあ~」
「………!!」
メイは何か言いたそうだったが今度は黙っていた。はいはい、家名なんか無い
って、言いたいんだよな?
「ふう~ん。で、ちいがずっと此処に居ちゃあイヤだ、と………
じゃあさ、私も一緒に四人でさ、此処で寝ない?」
「それなら良いです」
バカなライナは即答した。
本当に恐れ知らずだな!!今も自分を抱きしめているコレ、
一応王女殿下だぞ?!
自分も大概ヒドいって?




