第56話 槍使い始めました
騎士達への教練二日目。庶民兵も混ぜてみた。
騎士の中には庶民兵の教官をしているヒトも居るのだが、扱いは酷い様なのだ。
そいつは自分をもいびろうとして勝負に乗って来たのだが。撃退しましたとも!当然!
しかし自分が恐がられてしまって、勝負形式で実技を見せるというやり方に支障が出るか、という所。
レイジ君が勝負に乗ってくれました!知り合いってのは悪化した状況に強いものですね。
しかし問題も。徴兵されて来た一般人そのままの様なのでまるで素人なんですね。教官は何やってるんだか、全く!
仕方ない、育てる所から始めないといけないですね。槍使いって奴を!
さて、現実的な事を言えば、槍は剣や刀よりも強いんです。強いというか剣や刀では手も足も出ないと、もっぱらの評判なんです。
しかし、創作物となると出て来るのは剣か刀が殆どで、やっとちらほらとは有るかなあ位の槍使いが主人公の話にも、槍を使った詳しい戦いの描写って無いんですよねえ。結局は投げる!終わり!!って感じですかね。現実は武器投げちゃったら後困るっての!
槍って、創作物は参考になりませんね。手探りで行くしかないね。
まあそんなだから初回は適当に槍を使って見せて終わりにする積もりだった。
この世界のヒトって、槍の持ち方から間違っているんだもの!
対して刀は抑も広まっていないので、木刀を使ってばかりいては誰も参考に出来ないよなあと、半ば強制的に最初は槍を使うと決まったのだった。
使ってみれば結構イケるかな?て感想になって来たんですけどね?
で、今素人まんまの槍使いと相対する事態に成った、と。
教えるだなんて恥ずかしい程度の槍使い歴なんですけどね。教える側が恥ずかしがっていちゃあ教わる側が付いて来ません。恥ずかしさは内に隠し、見た目には堂々として、出来る限りの知識を総動員するしかねえってモンですよ。
「ちゃんと見てたよ!やっぱり左手を前にして槍を持っているんだね!」
レイジの方から声を掛けてくれる。丁度良い。周囲全体に向けて言う。
「そう!実は自分は両手とも同じ位使えるんだけど、今は教える為に右利きのヒトの持ち方をしているんだよ!」
武道では利き手に関わらず右利きの持ち方をさせられるだろうけどね。
「何故左手を前にして持つか。それには梃子という道具の知識が先ず必要なのですけど。
梃子という道具はご存知ですか?」
説明は何れにしろするので只の確認、と気を引く為なのだが。
恐がられている為反応は悪い。が、そんな中でも感覚的にはあんまり知られて
いないなあ、という感じがするか。梃子って、原始的な道具なんだけどな。
「梃子というものは少ない力で重い物を動かせる、という夢の様な道具なの
です!」
ざわっ
興味を惹かれたか?この世界、日常生活からが体力勝負だからな!
「その道具の実態は、只の棒なんですけどね!
道具というモノは見た目が詰まらなくても使い様で便利に出来るという事なのです!」
だがやっぱり大半の反応は悪くなったか。見た目って、大事だね?
「棒の三カ所が重要な点になるのですけど」
言いながら、持っている槍を掲げる。槍をまんま梃子として使うのだからね。
「先ずは力点、棒を持って動かす部分です。右手で持っている所ですね。
次に支点、棒を支える部分です。今の場合は左手で持っている部分です。
其れから作用点、重い物を動かす場合は物を押す部分、武器だったら攻撃部位、相手に当てる部分ですね。槍の攻撃部位は穂先と言います」
一旦言葉を切り、皆了解したかな?と確認してから次を言う。
「槍の使い方は梃子そのままなのです。詰まり、左手で槍を支えて右手で穂先を
操作する訳ですね。
で、どうすれば少ない力で重い物を動かせるかと言いますと、支点から作用点
までの長さと支点から力点までの長さを比べて、後者の方が長い程少ない力で済みます。
武器の場合、少ない力で済む程使い易いという訳です。時々、重い物を我慢して持っていれば偉いとか勘違いしたヒトが居ますけど、ちっとも偉くないですからね?」
周囲の反応を見る。一寸笑いが有ったか。
「更に言えば、只持てるのと使えるというのは違いますからね?重いのを我慢して持っている位なら軽く使える武器を使いこなす方がずっと強くなれます。
と言う訳で、武器は先ず自分が一番使い易いと思える持ち方を追求して下さい。
騎士さん達?剣だってそうですよ?」
騎士達に話を振るとやっと少々慌てた雰囲気になる。自分には槍の使い方なんて関係ないやあと聞き流していたな。
「け……けどよ!剣は持ち方槍と違うじゃねえか!」
はい見苦しい反論が来ましたね。
「其れは応用ですよ~。自分に合わない話でも自分に合わせて使ってしまおうと。そう考えられるヒトは何処まででも強くなれます。自分には関係ないやあで済ませてしまうヒトは、その場は楽でしょうけど、何時まで経っても弱いままですね」
うぐっ
息を呑む、と言うか詰まらせる者がちらほら。騎士や兵は弱かったら死活問題だろ?
「そう、武器は先ず持ち方を何処までも追求する。そうする内に武器が離れられ
ない唯一無二の相棒になる訳ですね。剣は騎士の魂とか、其れ位はしないと言えたモノではないでしょう?」
騎士達は皆口を噤む。はい、了解したと言う事で。
「今回は槍な訳ですが、自分の持ち方を見て下さいね。
折角長い武器ではありますが、使い易さを追求した結果後ろを少々余らせて持っている訳ですね」
詰まり後ろの端、石突きよりは前に近い方を持っている。情報元は和風の槍と
梃子の原理だ。何時ぞやユキに作った木槍も和風の槍だ。
そして使っている技術、内回しと外回しの情報元はとある中国の神槍さんだ。
更に言ってしまえば、レイジ達庶民兵達が持っている木槍は洋風の槍スピアだ。
どれも槍とは言っているものの、細かい事を言えば実は全部違うのだ。自分は
無根拠で説明している訳ではないが、色々な知識のちゃんぽんなのだ。ばらばらな知識ではあるのだ。が。
使えるものは何でも使って何が何でも生き延びてやる!其れがサバイバル精神というものだ。自分に合わない話でも自分に合わせて使ってしまおうと。其れこそが貪欲に生きるという事なのだ!
はっきり言うと、自分の説明では洋風の槍スピアには合わない部分が有る。が、其れはそれぞれの使い手さん達に期待しよう。自分の武器と良く相談してね?
念の為。相談すると言っても武器がぺらぺら喋る訳ではない。使い込んで武器の特性を把握しておいてね、という意味だからね?
例えば。槍、と言えば投擲に使える、等と、素人さんでも聞いた事位は有る
だろうか。と言うか、陸上競技に槍投げなんてあるし。
其れから、ヘイキンさんと試合した時、近間に入ったら石突きで攻撃して来るか?と警戒した。
其れ等は、洋風の槍スピアならば確かにやり易そうだな、と感じる。殆ど後ろの端一杯に持って、槍の長さをそのままで使う様になっているのだ。
が、和風の槍には両方とも使えそうもない。後ろを余らせて持っているからだ。和風の槍は、投げたり石突きで攻撃しよう等とは抑も考えていないのであろう。
だからこそ梃子の原理で良く吟味して、一番使い易い部分を探らなければ成らないのだ。
何時ぞやシャールとも話した事だが、一寸形が違うだけの様でも使い方は変わってくるのである。
さて、屁理屈を捏ね回しているだけでは話は進展しない。
「はい、皆さん聞いて下さいね。
槍と言えば先ずは突ですね?まあ剣だってそうですが。
突は対人で練習したら殆どのヒトは防げないでしょうから、怪我人が続出して
しまいます。
なので今此処で練習方法を覚えて一人で練習を続けて下さいね?」
「方法を覚えるって、何か難しい事やるのか?」
誰だかから質問が来た。興味が有るという事だ。
「覚えるだけなら難しい事ではありません。
突のやり方なんて先ず武器を真っ直ぐ前に出す、即座に引く、其れだけです」
実際に突をやって見せながら言う。
「即座に引くのは何故か。
攻撃をするという事は無防備な自分を晒しているのと同義だからです。
直ぐ引かないと攻撃を受けて斃れてしまいますよ?」
そう、斃れる、である。只地面に転がるだけではなく死ぬのである。
「只覚えるだけなら簡単ではありますが。
毎日根気よく続けられるかは本人次第ですよね?まあ頑張って下さい。
レイジ、やってみて?」
「え?今?此処で??」
「やれ」
「はい!」
素直なのは良い事だ。やってみた。のだが。
「気迫が足りないかな?」
「きはくう?」
「目の前に相手が居ると想像して。殺す気で」
「こ?!!こここ……こお??!!!」
ニワトリか!分からなくもないけども!
「ヒトは生きる為には食わなければ成らない。食うって事は、他の命を奪っている事だ。分かるね?」
「うううううう………うん!」
「まさか、食ってはいるけど、自分は手を掛けてはいない、なんて言い訳しない
よね?」
「うううう……うあ……」
何だかレイジは泣きそうだ。そして誰だか騎士がたまらず野次を飛ばす。
「何だよコイツ!!恐ええよ!!」
「ほう?何か反論でも?」
「有りません」
まあそうだよな。
「まあ今は良いや。じっくり考えてね?」
「………うん」
あからさまにレイジはほっとした。しかし戦うとなれば直面する問題なのだ。
「じゃあレイジ、実際に打ち合いを始めようか。一応、突は無しって事で。
槍は長いから遠くから一方的に攻撃出来るけども、近付かれると弱いから、必死で、近寄らせない為の打ち合いをしてね?」
「必死で?!」
又レイジはギョッとする。
「近付かれたら殺られると思って」
「やっぱコイツ恐ええよ!!!」
又野次が飛んで来たが。まさか騎士が戦いを知らないなんて、言わないよな?
レイジには一端の槍使いになって貰いたいのだ。自分の要望も有って。
と、言うのも。
現実的には槍は刀より強い…処か勝てないと言われている。
じゃあ木刀で勝負してやろうじゃあないか!と思うのだ。
うん、自分、世間の評判を素直に聞けないヒネクれ者なんだよ!