第26話 商人ギルドに行ってみた
商人ギルドはそんなに目立つ造りの建物ではなかった。
受付で紹介状を渡し、待合の席に着く。そしてしばし。
目の前に女性が立った。まあ来るのは気付いていてじっと見ていたのだが。
その女性はパンツルックではあるのだが、何と言うか、”女”を前面に押し出した雰囲気だった。
で、ニッと笑っている。何つーか、獲物を見付けた肉食獣みたいな………
「お客様、こちらへどうぞー」
案内する先を手で示される。行くけどさ。そこは個室だった。
メイド、と言うよりはウエイトレスに近い服装の女性達がお茶と簡単な茶菓子を給仕して部屋から出て行った。あの女性と二人きりである。良いの?これ。
「お茶をどうぞー」
勧められたのでお茶を一口。ふむ。
現代日本でならお茶が出たからといってだから何だと思う所だが、此処では先ず飲める水が貴重だ。あっちの世界でだって気軽に水飲めるのは日本位と言うのだがな。
更にお茶とは言え、味が付いているのはなお貴重だ。こんな幼児にお茶を出すとはね?
自分を眺めていた女性は満足そうににこーっと笑みを深める。何だよ。
「初めましてぇ。あたしはティーエと申しまぁす」
「自分はちいと申します」
「ジブン!自分て言っちゃうのぉー」
ティーエは何やら面白がっている様だ。失礼だな。
「おみせやさんやりたいのぉ?」
ぶふっ冒険者ギルドで言ったまんま書かれてた?!変な冗談言わなきゃ良かった。
「左様です」
「左様!左様て…」
ティーエは凄く笑ってる。何なの?箸が転げても笑う年頃なの?
「ふふふ…何を売る気なのかなぁ?」
「絹糸、発酵パン、刀を主体にして後は売れるかどうか分からない品も少々」
「カタナ…!」
今まで全体的に巫山戯ていたティーエの顔が引き締まった。が、又すぐに緩んだ。ほー。
「面白いおみせやさんになりそうねぇ」
そーか?ちぐはぐにしか聞こえない筈だが?
「ふふふ。昔ねえ、女傑と呼ばれたおばあさんが居ました」
何だ?セールストークは関係無さそうな当たり障り無い所からってか?
「おばあさんは若い頃…だからお姉さんって言った方が良いかなあ。お姉さんは仲間を集めて旅をしました。世直しをしたかったんだって」
世直しって…控えおろ~!じゃあないよな?
「仲間と言うのがねぇ、先ずは強いヒトなんだって。女の細腕じゃあ何も出来ないって、お姉さん悲しんだみたいだよぉ」
左様ですか。ご愁傷様です。
「そして成し遂げた偉業が冒険者ギルドと商人ギルドを造り、大陸中に広めた事なのです!」
はあ?冒険者ギルドと商人ギルドが世直しでごぜえますか。
「冒険者ギルドって誰でも登録出来るでしょう?」
そうだね。自分でも出来るって事は誰でもだよね。
「小さい子達を護る為なんだよね」
ふむ!!そういう事か!
「昔は貧しい家の子が少なくとも食べてはいける他所の家に泊まり込んで働きに行く事がよく有ってね」
「丁稚奉公!!」
つい言ってしまった。ティーエの目が鋭くなった。笑顔のままだが、目が笑ってないというヤツだ。
「怖い話をするなら、他所に働きに行った子が行方不明になっても周りのヒトには分かりにくい訳ね」
「ギルドを通すなら働く先のヤツも滅多な事は出来ない、と」
「そう!その通りよ!」
ティーエの目がギラリと光った。
「町から出ない仕事なんて冒険者じゃないじゃんとか思うヒトもいるだろうけどね?」
それでも必要だから冒険者ギルドのシステムを作ったと言う訳なんだな。
「町から出られるヒトにしても、分かりやすいランクの基準で随分死亡率が下がったみたいだしね」
何処にでも無謀な事するヤツは居るだろうからな。
「だから強い仲間のヒトもお姉さんを心から信じてたしね?」
強い仲間達は手綱を握られていたんかい!
「お姉さん本人は強いヒトを羨ましがってたけどね?」
けど弱いから補佐に回るしかなかった、と。
「お姉さんは偉業を成し遂げたので王都からお誘いも有ったんだけどね。
けどこの町に住んで町を発展させる事に尽力しました。此処が故郷だったしね」
ほー、だから町はそんなに大きくないけどギルドは王都に引けは取らないぞ!と。
「それがトナー・リーさん」
ぶっっ!!町の名前になっちゃったのかよ!!そこで出て来るかよ!
「やっぱり!」
ん?
「その名を聞けば何らかの反応を示す者がいるだろう!それはニホンジンの生まれ変わり!ってお姉さんは言ってた訳ね!」
「あー…自分、生まれ変わりって信じてないけどね」
「ふふ~♪認めたくないんでしょう!前世は男の子だったから!」
「いや?有り得ないってだけだけどね」
「実はお姉さんも前世は男の子だったと言っていたのです!」
「気のせいだから」
「あたしも男の子の生まれ変わりなのです!」
「おえ~!!」
「失礼ね!慣れてるけど!!」
そんなクネクネしてるヤツが元男ですみたいな事言わんといて!!
「あたしも昔は乱暴者だったわぁ~」
「ぶっふ!!!」
笑わすなよ!
「見てなさい?育つ毎に体がどうしようも無く女になって行くんだから!」
其れはご愁傷様です(笑)!
「ふふふ~!ヒト事だと思ってられるのも今の内なんだから!」
だから考え方が根本から違うと言うに。
「えーと?生まれ変わり云々言う為に給仕のヒトも退室させた訳だ?」
知り合いだろうと奇異の目で見られるのは必至だからな。
「あー!先ずはおみせやさんの事を決めてしまいたい訳ね!
改めてこちらからお願いします!全面的に協力させて下さい!」
「必死だねえ?自分にトナーさんとやらの面影でも重ねてる?」
日本人の生まれ変わりで前世は男、とかな。
「それも有る、けどカタナというモノも見てみたいの!
トナーが散々使ってみたかったって言ってたモノだから!」
剣と魔法の世界で日本男児なら刀だぜ!でも女の身に生まれて刀の技術もありませんでした。シクシク。とか思ったんだろうか。トナーさん。
「今回の元ニホンの男の子さんは随分お転婆さんみたいね!いきなり冒険者ランク5とか!」
「やめてそれ。変なヒトみたいだから」
此処等には変態に当たる言葉が無いのだ。だから此処の言葉は拙いと言うのだ!
有るならば即座にコイツにヘンタイ!と言ってあげるのに!…いや、日本語でも良いか?これから広めれば。
「で?自分は失敗する気は無いけれど、それでも儲からなかったらどうしようと意識くらいはしておくのが商売ってものじゃないかな?
いきなり全面的に協力だなんて、浅はかもいい所だよね?」
「わお☆賢い!けど安心して!
先ずはカタナさえ見られればあたしは満足だから!貴女には絶対に損は回さないと約束する!
儲かったら儲かったでこちらには必要経費さえ回収させて貰えれば良いから!」
「破格の条件だよねえ。けど、ティーエさんには実際どれだけの力が有るのかな?」
世の中言ってるだけでは何も通用しないのだ。
ティーエは胸を張る。結構有るな、元男wwww!
「あたし、此処のギルドマスターなんだよ!!」
「ミストレスね」
「え?」
西洋の言語の中でも英語は比較的緩いが、多少は性別で分かれる言葉も有る。
創作物を見てみると性別問わずマスターで通しているのが随分有る様だが、女性形はミストレスである。
アンドロイドも女性形は違うのがあったが、はて、何て言ったっけ?
「兎も角、ティーエは此処の頭なんだ?」
「そーだよー!偉いんだぞー!」
「潰れない?」
「しつれーだなあ!!あたしはトナーから直々に育てられたんだゾ!」
そんなの実力を示す証拠にはならないのだが。
まあ、此処がダメでも別の場所を探すだけだ。
「じゃあ、お願いします」
手を差し出した。
「宜しくね!」
ティーエは握り返す。握手だ。
「身分証明を見せて契約書に署名するんだよね?」
「うわー…見た目通りの年齢とは思えないよね?」
ティーエの身分は商人ギルドの建物で部屋を設けたのだから間違い有る訳が無い。
ティーエは自分の冒険者証を見て驚いた。
「あれ?魔法使いなの??」
あー、書いて有ったのか。
「武器戦闘だと認定試合が流されそうだったからねえ」
「何かさらりと言っちゃってるけど、おかしいから!!有り得ないから!!!」
「じゃあギルドの判定員達が揃って目が変だったのかねえ」
そんな訳ないが、わざと皮肉る。
「いや、そういう訳じゃないけれど…そっか。そうなんだ。
ちいはニホンでは魔法の天才だったんだ?」
「んー?トナーさんは日本をどう言っていたのかな?」
「え?…ーと、あっちの世界には、魔法は…」
「無いって言っていただろうね?」
オカルト好きなら何て言うかは分からんが。
ティーエは涙を零した。トナーさんを思い出してだろう。
「うん………うん………」
落ち着くまでしばし待つ。
「何で……何で魔法が使えるの?それもランク5に認定される程に…」
「トナーさんと…ティーエも使えないんだよね」
だから驚いているのだ。
「実は想像すれば発動はしているんだよね。けど力はとても弱い。注意して見ても気付かない位弱い。
それを工夫して工夫して、何とか使えるまでに仕立て上げたモノが魔法って訳だよ」
「だから!さらりと言っているけど簡単にランク5にはなれないでしょうが!」
「慣れだよ慣れ!」
「あ…そう…」
ティーエはもう呆れ果てたという感じだ。
「でー、サインは…これが名前だよね?」
此処等の文字は冒険者証が初めてなのでティーエに確認する。
「ええ?!ちょっと!!字が読めないの??契約書の意味が無いじゃない!!」
仕方ないだろう!エスパーじゃあないんだから!!
「此処に座りなさい!」
ティーエは膝をポンポンして言う。
「字を教えてあげるから、此処に座りなさい!」
なんでやねん!!
が、無言で抵抗してもひょいと抱えられる。自分、小っちゃいもんでぇ!!!
「もう!
………ふぁ…これが……赤ちゃんの抱き心地!!……欲しくなっちゃうかも……」
「赤ちゃん言うなああぁぁぁ!!!」
しかし絶叫空しく、夢見心地なティーエに抱えられてしばらく此処等の文字講座が続いた。