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5.

 突然こんな手紙を差し上げることをお許し下さい。

 私は三年A組の折原夏帆というものです。初めまして。


 貴方は私を知らなくて当然だと思います。二年と三年の校舎は離れていますし、私自身取り立てて目立つような存在でもありません。

 けれど、私は貴方を知っています。貴方がお昼休みに一人で図書室に居るのをいつも見ていました。

 貴方は何故か椅子に座ることはなく、立ったまま長時間本を読んでいます。見かけるたびいつもそうなので、私は気になって仕方がありませんでした。

 貴方と離れ、家に帰った後も、気になって気になってどうしようもないのです。

 そして、どうしてそんなにも貴方の存在が気になるのだろうと考えたところ、凛と立って読み続ける貴方の姿がとても美しいからだと気づきました。

 ただ、認めたくなかっただけです。単純に惹かれる心は一目惚れというもので、いつだって貴方を見かけるだけ、思うだけで私の胸はときめいていたのです。

 気持ちが悪いと思われても仕方がないと思っています。正直、こんな気持ちに自分自身戸惑っているのですから。

 けれど、一度会ってお話させていただけないでしょうか? 私は貴方がどんな人なのか、貴方の内面をもっと良く知りたいのです。そして私のことも良く知ってもらいたいのです。いきなり付き合って欲しいとかそういうことではなく、勿論最初はただの友人からで構いません。

 日毎想いばかりが募り、一人で抱えていられなくなりました。

 本当は、自然に声をかけられれば良かったのですが、上手くそうできる自信もありませんし、どうして近づいていいか、なんと声をかけていいのか、その方法が分かりませんでした。

 それで思い切って、このような手紙を書いてみることにしました。


 自分勝手で貴方にとっては迷惑な話だと分かっていますが、今日の放課後、図書室で待っています。会いたくないのでしたら、来ていただかなくても結構です。

 でも出来ることなら、お会いして直接お話をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。




 読み終わり、麻痺してしまったかのようにしばらく頭が働かなかった。

 それは、完全にラブレターだった。

 ラブレターを貰うのは生まれて初めてのことで、ましてやそれが同性からだなんて、余計にどうしていいのか分からない。


 授業は上の空。考えを巡らせ、もしかしたらいたずらではないかと疑ったりもしたけれど、上級生の全く知らない人からそんないたずらをされる覚えはない。

 別に、同性に好かれるということが気持ち悪いとは思わない。けれど、友人から始めましょうと言われても気持ちは複雑だ。どうしたって自分が女性と両想いに発展するなどとは考えられず、いつの間にか自然と、傷つけずに上手く断る方法ばかりを考えていた。上辺だけの付き合いの友人に相談できる内容でもない。


 体育の授業はやはり校庭を使えないので、体育館でバレーボールをすることになった。

 全く集中していなかった私は、顔にボールをぶつけられ(当然わざとではなく)倒れそうになった。

 クラスメイトの三田みたさんが心配して保健室に行こうと言ってくれたけれど、私は断った。


 一人体育館の隅に座り、頭の中で『折原夏帆』さんを断るシミュレーションを繰り返してみる。

「好きな人が居るので」

「誰とも付き合うつもりはありません」

「とにかく男性しか興味ないです」

 何度シミュレーションしても、現実味が一切湧かない。




 放課後、彼女が望む通り図書室に行くことを選択した。

 無視することなんてとても出来ない。傷つけてしまうのは分かっているし、考えている通りに上手くいくとは思えないけど、確実に早く終わらせるということを選ぶしかなかった。

 早かれ遅かれ結論は同じなのだから、彼女を傷つけないですむ方法なんてない。


 緊張のせいか図書室に近づくにつれて、心臓付近が痛くなった。



 幸いなことに図書室にはほとんど人がおらず、私を見つめる視線はただ一つきりで、すぐに彼女が差出人の『折原夏帆』さんなのだと分かった。

 何度かここで見かけた気はするが、それも定かではない。

 彼女は背が高く、私なんかよりよっぽど佇まいの綺麗な人だった。



 話はすぐに終わった。シミュレーションよりもずっと簡単で、外側から見たら何のやり取りをしているのかわからないくらいだろう。

 私が一度勢いよく謝ったら、彼女三度ほど繰り返して同じように謝った。

 私は彼女の震える手ばかりをじっと見つめていた。彼女の真剣さだけが伝わり、恥ずかしくなった。

 途方もない罪悪感……。

 何故だか遠山さんに無性に会いたくなった。彼が淹れてくれる、あのいつもの紅茶を飲みたい。そして完璧な造形の美しい手を見つめて、心を落ち着かせたかった。


 別れ際、私は咄嗟に、ラブレターを彼女に突き返してしまった。

 例え本気の気持ちだったとしても、いつか彼女が今日のことをなかったことにしたいと思うような気がして。

 今日のことを忘れてあげることが、私が彼女にしてあげられる唯一のことなのではないだろうかとさえ思った。

 心に重さだけが残った。



 結局その日は遠山さんに会いには行かず、数日が過ぎた。彼女を傷つけたことで、私自身にもどこか傷がついたのだと思う。

 重さはいつまでも拭えなかった。

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