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12.

「僕はきっと、彼女にとって誤算だったろうね。彼女から聞かされる男のイメージは、かなり悪いものだよね。もし、君にそう思わせるために、わざとそういう行為をしているとしたら?」

 彼は言った。


「……そんなこと……ありえません」

「ありえなくても、そうなんだよ。自分を見て欲しくて、それが叶わないから、せめて君が決して男の人に惹かれないように、牽制のためだけに、実例として良くない男に身を売ってる。勿論僕のことなんて好きじゃないし、どの男の人のことも見ていない。みさとさんは、最初から……僕が最初に会ったときから、空美ちゃんのことしか見てないよ。馬鹿みたいだけど、真っ直ぐなんだ。嘘もつけない。そうしかできなかった。自分を傷つけて……。なんて寂しくさもしいのだろうね。彼女の屈折した生き方は、愛おしい。僕には、とっても愛おしく思える」

 遠山さんは真剣だった。


「……おかしいです。そんなこと、ありえません。絶対にありえない。信じ……られません」

 私は否定の言葉を繰り返す。


 本当に何を言っているのだろう。そんなわけがない。そんな常識からかけ離れたこと、とても信じられない。

 みさとちゃんは、好きで複数の男性と付き合ってきたはずだ。自分の美貌を武器にして生きている、自由奔放な人間だ。

 当てつけのように、見てくれのいい男性とばかり付き合って、時に私を見下しているのかと思うときもあった。私はただ呆れて、いつも仕方なしに彼女の話を聞いていた。

 これまで、彼女を止めることはなかったし、そう……どうでもいいとすら思って。


「….…そうだろうね。きっと空美ちゃんには分からない。君は僕たちとは違うから。みさとさんも僕も、どこか壊れているのだろうね」

 遠山さんはまた、悲しそうな顔でそう言った。




「どうして?」ふいに、そう聞いたみさとちゃんの泣き出しそうな顔を思い出した。

 昔のみさとちゃんは、大抵泣き出しそうな顔で私を見ている。

 セーラー服を着た、少し幼いみさとちゃん。

 そういえば、その時はまだ男の人の影なんてなかった。


 思い返してみれば、みさとちゃんがこんな風になったのは、私が志望校を変えた辺りからだった気がする。

 確か中学二年の冬休み。

 本当は一緒の高校に行く予定だった。志望校を変えたのは、従姉妹の勧めという些細な理由からだったのだけど、変更後の……つまり今通っている高校は、みさとちゃんが入るにはかなり難しい偏差値の高い高校だった。

 当然、みさとちゃんが私から離れたのではない。私が彼女を置き去りにした。

 その結果、彼女を追い詰めてしまったのだろうか。それほどまでに悲しかったのだろうか。


 とても信じられないけれど、もし遠山さんの言っていることが、本当なのだとしたら……。



[何かしちゃったなら謝るから、無視しないで。みさとのこと嫌いにならないで]


 子供染みたメールの文面。

 私はこれまで、みさとちゃんときちんと向き合ってきたのだろうか。

 向き合ったことなんて……ないのではないか。

 彼女のことを何も知ろうとはしなかった。彼女だけじゃない。きっと他の誰のことも……。


 なんて……薄情な人間なのだろう。おかしいのは、遠山さんやみさとちゃんではなく、私だったのかもしれない。

 私の方が、どこか欠落した人間なのかもしれない。

 どうして今まで他人の気持ちを何も考えず、生きて来られたのだろう。

 目の前が暗くなった。

 怖くて震える。

 シエロとセージを食べた遠山さんではなく、自分のことが怖くて……。


「みさとちゃんと話してみます」

 私はゆっくりとそう言った。


「そうだね。僕のように酷く壊れてしまう前に……」

 遠山さんは笑った。

 痛々しい笑顔。でも、とても綺麗な笑顔……。


「遠山さん……のことも、きちんと知りたい……。例え、迷惑だとしても。だから……また、来ます」

 途切れ途切れに、伝える。


 彼は驚いた顔をして、それでも、

「分かった。待ってるよ」

と言ってくれた。


 私は、遠山さんのマンションを後にした。


 時間の感覚がなかった。

 マンションに居たのが、たった十分ぐらいにも、一ヶ月くらいにも思える。

 家に帰らなければならないのに、もうどこにも帰れないような気がしていた。

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