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ラビットラビット  作者: 録宮あまね


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10/15

10.

「何かあったんですか?」

 いつもの定位置で、遠山さんを直視出来ずに、私は俯いたままそう聞いた。


 目の前に置かれた紅茶の湯気がゆらゆらと上っていく。

 遠山さんは、私の向かいの席に座って黙っている。




「僕はセージを……」

 長い沈黙の後、彼はようやく口を開いた。そして、そう言うと同時に自分の両手で顔を覆った。

「え?」

 私は一言、聞き返す。


「本屋で空美ちゃんに会った翌日、セージが……ゲージの中で冷たくなってた」

「……セージ、亡くなったんですか?」

 遠山さんは顔を覆ったまま頷く。


「だから僕はセージを……」

 数秒間の後、更に小さな声で続ける。

「僕は……セージのことを食べてしまった」

 

 急な告白に、全く頭がついていかなかった。

 私の聞き間違いだろうか。



「……食べ……たって……? 何を言っているんですか? セージを……ですか?」

 途切れ途切れに、ようやくそう返す。


 遠山さんは顔を上げたが、否定することなく視線を下に向けている。

 頭が混乱した。


 彼は、何を言っているのだろう。セージが死んでしまったのは理解できる。

 でも、食べたって?

 セージのことを?

 タチの悪い冗談なのだろうか。遠山さんは、青ざめた顔で、そんな冗談を言うのだろうか。


 背中がざわざわとし、世界がすごい速さでぐるりと回った気がした。私は逆さになって、必死で細い綱にしがみついている。頭上にも足元にも地面はなく、宙ぶらりんの状態だ。


「セージは家族だったから」

「家族だったから……?」

 鸚鵡返し。まるで、私は独り言のように、彼が言った言葉を呟く。

 一体その言葉はどこに続くというのだろう。

 家族だったから? 家族だと思っていたから? 家族同然の飼っていたウサギを食べた?


「セージが死んでしまって、シエロも元気がなくなった。しばらく様子を見ていたけど、どんどん弱っていくばかりで可哀想になったよ。ウサギは寂しいと死んでしまうってよく聞くけれど、それは本当のことなんだね……」

「シエロ……。ああ、シエロ。セージのことは残念ですが、シエロには新しい仲間が必要かもしれませんね」

 不安定な足元。宙ぶらりんのまま、私は抑揚のない声でそう言った。


 遠山さんは、いつの間にか私をまっすぐに見ていた。

「シエロだって、セージと他のウサギの区別はつくよ。セージじゃないと、意味はない。シエロはセージのことを、とても愛していたから」

 なんだかおかしい。


「……もしかして、シエロも……。シエロまで、死んでしまったんじゃないですよね?」

 嫌な予感がして、私は間髪入れずにそう聞いた。

 彼はゆっくりと首を横に振る。


「シエロ、隣の部屋ですよね?」

 私はゲージが置いてあるいつもの場所に行こうと、立ち上がった。



「僕が殺して食べた……」



 一瞬、着地できるかもしれないと期待したのに、宙ぶらりんのまま、それは、まるで頭をもの凄く硬いもので殴られたような衝撃……。


「殺して……? つまり、シエロもセージも二匹とも、遠山さんが食べた……んですか? 何を言っているんですか? さっきから、何言ってるんですか? 冗談……ですよね?」

 彼は二度も飼っているウサギを食べたと言った。しかも、シエロは自分が殺して食べた、と。

 聞き間違いでも、真剣に話す様子から、それが冗談なんかじゃないことも本当は分かっていた。それでも、今、嘘だと言ってほしくて、ただ一縷の望みで、私はそう聞き返すことしかできない。


「そうするしかなかった。これで、シエロとセージは僕の中で一つになれる。永遠に一緒に居られる。……もう置いていかれるのは嫌だから。……家族は、一緒に居ないといけないから」

 彼は寂しそうな顔で続けた。

「君は僕を……怖いと、きっと気持ちの悪い異常者だと思っているだろうね」


 私は答えられず、ただじっとテーブルを見つめていた。テーブルの上で重なる遠山さんの美しい指先は、いつもより白く冷たく見えた。


 怖いとは思わなかった。急に一部の感覚だけが研ぎ澄まされ、間違いはなかったのだと思った。

 ……ずっと感じていた正体。

 穴だ。

 遠山さんの穴が、今、目に見える形で開いている。

 怖いも何も、多分感情というものが凍りついてしまっていた。

 私は今、どんな顔をしているのだろう。殴られたような鈍い衝撃だけは、ずっと続いている。


「シエロとセージだけなんて、不公平だよね。もし僕を殺して、僕の肉体を食べたいと思ってくれる人が居るなら、喜んで差し出すよ」

 何を言っているのか、全く分からなかった。本当に、彼は何の話をしているのだろう。


「待ってください」

 私は全てのものを遮るように、強い口調でそう言った。

 いつまでも放心状態ではいられない。遠山さんが話したことを、無理にでも受け入れなければならない。

 だって、理解できなかろうと、信じられなかろうと、話したことが紛れも無い真実だということだけは、何故かはっきりと分かるから。

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