表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

1.

 なんて憂鬱なんだろうと思った。窓際から見える風景は何もかもが黒ずんでいる。退屈な授業より、いつまでも降り続ける激しい雨が気になり、私は窓から目を離すことが出来ずにいる。

 今日は、絶対に遠山とおやまさんに会うと決めていた。彼とはもう十日も会っていない。


 授業が終わると真っ直ぐに昇降口へ向かい、青と黄色の二色の傘を勢いよく広げて外へと飛び出す。

 スカートやソックスに泥が跳ね返ろうとも、決して速度は緩めない。

 鬱陶しく髪が舞う。

 思っていたよりもずっと風は強く、傘の柄を持つ右手に力が篭る。

 不安定な心。風の激しさに内側から掻き乱され、何かを抉り取られそうで嫌になる。

 ただ前へ進みたいだけなのに、圧倒的な力を持つ見えない敵と戦っている、そんな気分……。



 遠山さんは、私の彼氏ではない。幼馴染の元カレで、私は彼の携帯番号もメルアドも知らない。

 でも、今向かっているのは彼の家。

 とても不自然な関係だと思う。

 校門を出て二十分、彼の住むマンションは近いようで遠い。もっともそう感じてしまうのは、私に体力がないせいかもしれない。


 いつものようにインターフォンのチャイムを押すと、誰かも確認せずに遠山さんは勢いよくドアを開けた。

 クリーム色の扉は重そうに見えて、ギーという音がうるさいのだけれど、いつだって不思議と滑らかな動きだ。


「雨、凄いね」


 彼は左手にタオルを持っていた。

 私のセミロングの髪は頰や額に張り付いて、毛先からはぽたぽたと濁った滴が落ちていた。雨の粒は塵が混じっているせいか、透明ではなく、綺麗なものだと感じられない。

 傘は殆ど役には立たなかった。

 黙ってタオルを受け取る。タオルからは洗剤だか柔軟剤だか、微かに花のような匂いがした。


 私が来ることを予測して待ち構えていたのだろうか。

 例え私じゃなくて、宅配のお兄さんだったとしても、彼は笑ってタオルを差し出すだろう。

 気が利きすぎていて恐いくらいだ。きっと、この世に悪人が存在することを考えもしていない。

 一人暮らしをしている彼は、数多にある新聞の勧誘、その他諸々のセールスを断ることができるのだろうか。

 昔風の黒いサングラスを掛けた押し売り(今時無いかもしれない)が、遠山さんに迫ってくる姿なんかを想像して心配になってしまう。

 ずぶ濡れで、勝手な想像をしている私は、客観的に見たら少し変かもしれない。

 遠山さんが他人の頭を覗ける人じゃなくて良かった。出来れば、変わった子だなんて思われたくはないから。


 みさとちゃんは、彼の顔が好きだと言った。

 『みさとちゃん』は、私の幼馴染で遠山さんの元カノの名前。

 当時、彼が自分の好きな芸能人の誰だかによく似ていると騒いでいて、紹介されたときも、そのことを真っ先に説明してきた。

 きっと、それが彼女にとって一番重要なことだったのだろう。私はその芸能人を全く知らず、今となっては名前の一文字すら思い出せない。

 どうしても思い出したいときにやってみる、ゆっくりと『あ』から順に五十音を思い浮かべて、何か頭に引っかかってこないかで無理に思い出す、もの凄く時間のかかる方法も試したけれど成果はなかった。自分でも芸能人にあまりに疎すぎると思う。


 彼の顔なんてたいして関心はない。

 私はただ、彼の持つ雰囲気がなんとなく気になる。取り残されたような現実感のない、独特の雰囲気が。

 笑っていたって、彼は。

 最初に出会ったときから、今も印象は変わっていない。


 笑っていたって。

 それは想像力豊かな、私の思い過ごしなのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ