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チェスト名作劇場

「殿様の耳はロバの耳」と言うたのはおはんか!? チェストじゃ、チェストすっど!

島津家久(忠恒)とは……

安土桃山時代の武将であり、島津家当主。

叔父に同名の「家久」がいるが、そちらと区別するため忠恒と呼ばれることが多い。

破天荒で苛烈な性格と放蕩ぶりから、一部の歴史ファンからは名君であった同名の叔父と比較して「悪い方の家久」略して「悪久」や「アレ」などと呼ばれる。

兄嫁を正室にした挙句冷遇して追放、その直後に八人の側室を娶る、文化財を破壊する、家臣に難癖をつけて叩き斬る、家宝を勝手に持ち出すなどの名エピソードに恵まれた、あらゆる意味でネタに尽きない武将である。

 むかしむかし、薩摩国あるところに、島津家久というお殿様がおりました。お殿様はかつて島津忠恒とも呼ばれておりましたが、名前を変えて家久となったのです。

 家久は幼い頃から学問や武芸はさっぱりで、蹴鞠の合間にはその辺の女に手を出し、昼間から酒浸りというチンピラのような……というよりも、チンピラそのものの生活を送っていたため、「悪久」や「アレ」などと呼ばれる始末でありました。

 本来ならば、優秀な兄の久保が家督を継ぐはずだったのですが、文禄の役の中で戦病死してしまったことに加えて、尾張のハゲネズミ……もとい、サル……もとい、太閤様が島津の跡取りに口を出し、


「ウッキー! 島津の跡継ぎは家久以外ありえないでウッキー!」


 と文句をつけてきたため、島津家は泣く泣くアレ……もとい、家久を跡継ぎとしたのでした。しかし家督を継いでからも家久はチンピラのままで、慶長の役に参じた際には、防塁より先に蹴鞠広場を作らせるわ、あまりのアレっぷりに次々に逃亡者を出して朝鮮の将軍に、「島津の若殿様は馬鹿ニカ?」と笑われるなど、アレな気性はちっとも治っておりませんでした。

 それどころか、長年島津家に仕えてきた筆頭家老、伊集院忠棟を京都に呼び出し「主家に叛意あり」などと文句をつけて、有無を言わせず叩き斬ってしまいました。これに怒った伊集院家は、


「アレを許すでなか! チェストすっど!」


 と日向国で反乱を起こし、家久の軍をボコボコにしました。家久のことが正直気に入らなかった加藤清正などはこっそりと伊集院家に援軍を送り、


「アレはバカやけん、バレん」


 と影で笑う始末でした。

 そんな状況に、家久はすっかり困り果ててしまいました。軍学を学ばず蹴鞠ばかりしていた家久の兵法では伊集院家に敵うはずもなく、なかなか反乱は収まりません。困ったアレは家康に調停を頼んで、やっとのことで反乱を鎮めることができました。

 家久が抱えていた問題は、それだけではありませんでした。正室の亀寿姫との仲がたいそう悪く、お世継ぎが生まれなかったのです。

 もともと亀寿姫は優秀な兄の久保の妻だったのですが、久保が戦病死してから家久が結婚することになったのです。猫好きで明晰な久保の妻から、蹴鞠と酒と女のことしか頭にないアレの妻になってしまうという大転落です。もちろん、亀寿姫がよく思うはずがありません。

 夫婦仲はさながら桜島の灰のごとき状態にありましたが、日本最強の引きこもり……もとい、島津家の重鎮である島津義久は幼い頃からの家久の女癖の悪さを知っていたので、隠居の身でしっかりと目を光らせ、


「アレに側室を与えっでないぞ。アレがアレしてアレになっど」


 と監視していたため、流石の家久も容易に側室をもらうこともできませんでした。

 しかし義久が亡くなったとたん、家久は亀寿姫を追放して、城から追い出したかと思うと、八人も側室をもらってやりたい放題を始めました。

 見事なアレというほかにないアレな振る舞いにこれに亀寿姫は大層怒り、


「アレの耳がロバの耳にないもすように」


 と呪いを掛けました。するとなんということでしょう、呪いを掛けたその日の夜、いつものように側室ハーレムパーティーを楽しんだ家久が、


「いつ見てもおいはよかにせおとこにごわす!」


 と鏡を見て自画自賛していたところ、突如として彼の耳は毛深いロバの耳に変わってしまいました。これにびっくり仰天したアレ……もとい家久は、それ以来笠を被って暮らすようになりました。

 しかし、いつまでも笠を被っているわけにはいきません。お殿様である以上は、髷を結ってもらわなければいけないのです。しかし、ロバの耳を見られるのが嫌でたまらなかった家久は、髷を結いに城にやってきた髪結いを脅して、


「おいの秘密ば喋ったら、チェストすっど!」


 と言いました。いくらアレとはいえ島津の殿様です。髪結いは恐れ入って、誰にも言わないと約束しました。

 しかし、人間は喋るなと言われると喋りたくなるものです。殿様の耳がロバの耳などという格好の笑い話、喋るなというほうが無理でしょう。

 しかし、いくら相手がアレでも、殿様の機嫌を損ねたら打ち首にされてしまいます。困った髪結いは古い井戸を見つけて、声の限りに叫びました。


「悪久の耳はロバの耳ィ!」


 叫んでみると中々すっきりするではありませんか、髪結いは調子に乗って、


「悪久の耳はロバの耳ィ! 悪久の耳はロバの耳ィ! 悪久の耳はロバの耳ィ!」


 と連呼しました。それで気分が晴れたのか、髪結いはすっきりして帰っていきました。

 それから何日か経ったころ、薩摩のお国全体で不思議なことが起こり始めます。あちこちの井戸がひとりでに「悪久の耳はロバの耳ィ!」と叫ぶようになったのです。

 そして、それは城の井戸でも同じことでした。家臣の言うことは効かない割に、自分の悪口には耳聡い家久はこれを知って激怒し、


「あの髪結いが喋った! 髪結いを連れっこい、チェストすっど!」


 と言い出しました。即座に髪結いは引き立てられ、激怒した家久は、勝手に蔵から持ち出した門外不出の宝刀、福岡一文字吉房に手を掛けて髪結いに詰め寄りました。


「おいの耳がロバの耳と喋って、おまけに悪久などとぬかしたのはおはんか?」

「……そんとおりでごわす」

「良か、死ねぃ。疾う疾う死ねい、おはんとは口を利きたくなか」


 もうこれ以上話を聞いていられないと思った家久は抜刀し、微妙に不慣れな蜻蛉の構えを取って、髪結いに刃を向けました。髪結いが死を覚悟したそのときです。


「――チェエエエエエエストオオオオオオオオオッ!!」


 ばあん、と障子が開いたかと思うと、筋骨隆々たる剣士が飛び出してきて、固く握った拳を、猛烈な勢いで家久の横っ面に叩きつけました。その人こそ薩摩示現流の開祖、東郷重為でありました。その弾みで被っていた笠が吹っ飛び、ロバの耳が露わになりました。何事かと慌てる家久を前に、東郷重為は再び大喝を発しました。


「チェストオオオオオオオオオオオオッ!!」


 その瞬間、家久の脳裏にかつてのトラウマが蘇りました。お抱えの剣士を東郷重為に挑ませて負けたので、腹いせに丸腰の東郷重為に斬り掛かったところ素手でボコられたのです。

 東郷重為は凄まじい眼力でぐい、と家久を睨みつけ、ロバの耳をむんずと掴んで問いかけました。


「おはんがないごてこうなったか、分かっか?」

「……」


 家久は何も言えません。東郷重為は耳に口を近づけて、また大声で怒鳴りました。


「このばかすったれの悪久が! 人の言うことをちっとも聞かんから、ロバの耳ば生えた! こや天罰ぞ! だいたいおはんは若いときから……」


 始まったのは剣より痛い説教の嵐です。剣術の師でもある東郷重為を前にしては、流石の家久も黙るしかありません。何事が起きたのかと家臣が集まってきたところで、東郷重為は家臣たちに呼びかけました。


「おはんら、若殿様が今日ばかりは話を聞っそうだ。言いたいことがあるなら、みな言え! 殿様の耳はロバの耳ぞ、良ぅ聞こえっど!」


 その途端、家臣たちの口から、次々に不満の言葉が飛び出しました。耳を掴まれているせいで、家久はそれを聞くしかありません。自分がどれだけの失敗を重ねてきたアレだったのか思い知らされた家久は、がっくりとその場に項垂れました。

 それを見た東郷重為は小さく頷き、髪結いに優しく語りかけました。


「これで流石の悪久も少しは悔い改めた。アレにはこのくらいがちょうどよか。おはんはもう帰れ、ここから先はおいがなんとかすっど」


 といって、髪結いは送り出されていきました。

 この日以来、流石に堪えたのか家久のアレっぷりは少しばかり鳴りを潜め、アレなりに真面目に政務にも取り組むようになりましたとさ。めでたしめでたし。


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