俺は会社に出社しない
アラームが鳴る。時刻は朝7時。昨日までの俺は7時10分にアラームを設定していたのだが、少々状況が変わってしまった。
まだ完全に目覚めきっていないが、のそのそとベットから這い出た。昨日飲みすぎたせいか頭も痛く、身体も重い。
ああ、昨日までなら7時10分に起きれたのに。たかが10分、されど10分だ。朝の10分というのは短いようでいて、なかなかどうして大きな役目を果たしている。
ああ、増田が憎い。
いや、結婚して苗字が変わったから、今は橋本か。いや、そんな事は些末な事だ。
とにかく憎い。
結婚するのは勝手だが、何も退社する事はないじゃないか。
そうはいっても仕方ない。俺は歯磨きをし、自分がまだ朝食を取っていなかった事を思い出し、トーストを食べ、それからまた歯磨きをした。なんという時間の無駄遣いだろうか。
さっさと身支度を済ませ、俺はリビングのソファにどっかりと座った。いつ会社が来ても良いように鞄も手元に置いてある。
「あ、お兄ちゃん。今日は早いんだね」
セーラー服に着替えた妹が、俺を見るなりそう言った。
「言っただろ、増田が退職したんだって」
「あー!そっか。まあいいじゃん、来年また新入社員入ってくるでしょ」
「俺より会社の近くに住んでる奴は、ここ3年じゃ増田しか入社してないんだよ」
「それは残念」
ピンポーン。
丁度、妹の言葉に被せるようにしてチャイムが鳴った。
「ああ、会社が来たから行ってくる」
俺は慌てて立ち上がり、玄関先に向かう。後ろで妹は頬を膨らませ、むくれていた。
「いいよねお兄ちゃんは、会社が来てくれるんだから。あーあ、私も学校が来てくれたらいいのに」
俺だって、学校に行けるなら、学校に行きたいさ。
二十二世紀になり、動く建物という技術が発達してから、会社が従業員の家に来るようになった。会社に近い住所の順に周り、全員を迎え終わると本拠地に戻る。勿論全員の始業時刻が違うので、定時時刻も違う。始業時刻と同様に、会社に近い住所の順に従業員を送り届け、業務を終了するというシステムだ。
最近の若いやつは朝が苦手な傾向にあるので、朝が苦手なやつほど自分の家から遠い会社に入社する。
俺も入社当時は8時起きで充分だったんだが……。
「おはようございます」
そう言って、俺は今日も元気に会社に迎えられた。