6 罪悪感は持っても、後悔はしない会話
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一月の中旬に電車に乗って街へ行く約束を三人でしていたけれど、当日になって楓からどうしてもバイトの都合で行けなくなってしまったと連絡があった。声のトーンが低かったから、僕と岬を二人きりにさせようという配慮でもないようだ。でも岬は不安のあまりそうは思えなかったらしい。
僕らは二人で街まで行って、賑やかな商店街に訪れた。巨大な招き猫のオブジェクトがある広間のベンチに腰掛けて、そのあたりで買った食べ歩きの昼食を口に運んでいる。
「ね、智生くん。私は楓くんに嫌われたかな」岬はプラスチックのカップに入った唐揚げを、串で何度も刺しながらつぶやいた。
「なんでそう極端なのさ。バイトだよ。電話で話してても、楓は本当にテンションが低かった。ほんとはここに来たかったはずだよ」
僕も岬もバイトをした事がないから、当日になって拘束されるという事が起こりうるのか、判断が付かなかった。
「でも時々、私が話を続けるとふっと一人でどこかへ行くことあるよね」
「三人で居る時にでしょ?僕らの事を邪魔しないようにって楓が気を利かせているんだよ」
「ふうん」岬は唐揚げをようやく口に運んだ。大き目の唐揚げは小さな口には辛そうだ。僕は横目で彼女の食事風景を盗み見しつつ、言い足りなかった事に思い当たった。僕は続ける。
「僕らが恋人として演じている以上、楓が気を利かせるのはしょうがないって」
「そうだよね、楓くん、優しいもんね」岬は小首を傾げてうつむく。
僕はロール状に丸めたお好み焼きを、包装紙をめくり上げながら食べた。僕は話題を変えようと試みた。
「これ、二百円そこそこにしては量もあって美味しいよ。地元じゃこういう食べ物はないね」
「ね、私は楓くんにいちゃつき過ぎると思う?楓くん嫌がってる?」岬は続けた。
「嫌がってるわけないよ」僕は幾分呆れて言った「あいつは岬のファンなんだから」
言って、口を滑らせた事に気付いた。楓、すまん、と心に念じたときには遅かった。目の前で岬の顔が花開くように明るくなっていく。
「えっ、それってチャンスがあるってこと?」岬が大声を出す。通りを行く人々の何人かが去り際にこちらを見やっていく。
「嫌がってはいないさ」僕は言う。先ほどまでの気分の墜落が嘘のように、晴れやかな表情をしている。彼女が飼っている犬は、散歩と聞くと尻尾を振って飛んでくるらしい。ちょうどこんな風情かもしれない。
「ねぇファンってどういう意味なの」
「いや、だから」
「詳しく」岬は食い下がった。
岬は目を輝かせてこちらを見ている。なんてかわいい表情をするんだろう。すまん、楓、ともう一度心に念じる。僕は岬の笑顔を見ていたかった。
僕は岬に、いかに我々が岬のファンであったか、その一端を話してしまう。楓と二人で話すとき、その内容の八割方は岬の魅力についてだった。僕と楓は性別は違えど、岬の刺さり具合は良く似ていた。その違いは男性同士の個人差くらいしかなかったと言っていい。
「これ以上は、僕が楓の友達でいられなくなってしまう」そう言って僕は種明かしの一端を締め切った。「今日はこれくらいにしよう」
恥ずかしさと喜びに満ちた笑みを岬は漏らした。「楓くんって、むっつり」
「本人には言わないでくれよ。そのギャップが楓の面白いところなんだから」
「もちろん、言いませんよ。言えませんとも」岬は芝居がかって言う。紅潮しきった顔に笑顔を浮かべて、何とも微笑ましい。僕は罪悪感を持ったとしても、後悔はしないだろうな、という確信があった。




