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10 相談事と、誕生日プレゼント

10



 教室にはベランダには早朝の澄んだ空気に満ちていた。冷え冷えとはしているが、風は穏やかで日差しはある。

「最近どうなんだ?」と楓は切り出した。ベランダの手すりを両手で握って、通りの向こうの雑木林を見据えている。「岬の悩み、聞いてやってるか?」

「あんまり進展はないね」僕は渋い顔を作ってつぶやく。楓の顔を直視できない。

 楓は後に続く言葉を話さなかった。茶化しや励ましを予想していた僕は、肩透かしを食らうようにそのまま黙るしかなかった。

 楓は背筋を伸ばしたまま溜息を吐いた。真面目な事を言うつもりなのだ。

「智生はもう少し、岬の心を惹くように努力すべきだと思う」

 それだけ言って黙っている。何を言いたいか分かるだろう、という雰囲気が楓から漂っている。アピールしていいなら存分にやりたいよ、と僕は念じる。今は友人の前で情けない男を演じる事しかできなさそうだ。

「俺は楓と岬が仲良くやっているのを壊したくないのかもしれない」

 中々卑怯な言い方だった。楓は怒るだろうな、と思った。

 楓は黙っていた。横目で見ると、それは怒りではなく戸惑いや気まずさに近かった。どうも風向きがおかしい。

「どうして黙ってる?」僕は言う。「からかえよ、今の俺はノーガードだぜ」

 楓は小さく息を漏らして、微笑みを浮かべる。僕と目配せして、場の緊張が和らぐ。

「お前の彼女、変だぞ」岬は唐突に言った。

「は、ふざけんな」僕はいつもの調子で冗談めいてやり返す。内心、付き合っている嘘がばれたのかと不安が首をもたげる。動悸が早くなる。

「この間岬に相談があるって声を掛けられたんだ。二人だけで話がしたいって言うから、智生との関係で悩んでいるのかと思った。先週末会ってみたら、ただおしゃべりして終わりだったぞ」

「岬の相談事は気をつけろ。こちらの想定と違う事があるからな」

「それはお前が失敗したんだろうが、偉そうにすんじゃない」

「それで、どんな話だったんだよ」

「何も。いつも通りだよ。映画を見たいと言うから身に行ったら、割とスリルのある映画でずっと私の手を握ってて柔らかかった。服を買いたいと言うから、岬についてショップへ行って、かわいい試着姿を沢山見た」

「ちょっとずつ感想を混ぜるの止めろよ」

「カラオケへ行くとずっとラブソングを歌ってた。私が歌うとずっと横目でこちらを何度も見ていたし、しょっちゅうドリンクバーの飲み物をおかわりしてきてくれた。もしかしたら、途中でグラスが入れ替わったりしてないかと期待した」

「嬉しそうに淡い希望を話すんじゃない」

「ランチだけかと思ったら、夕食も一緒に食べた。私はいいよ。別に困りゃしない。でも岬は何度もお母さんに連絡入れて了解を取ってたみたいだ。その後どうなったと思う?」

「嘘だろ?」僕の声は完全に干からびていた。

「それはない」楓はいたずらそうに笑う「でもずっと話を続けて、岬の家まで送って行った時には、もう日付が変わるところだった。終電なんて初めて乗ったよ。そのまま家に泊めてもらった。大きな家だったな。犬も撫でさせてもらった」

「俺も岬の女友達になりたい」僕は精一杯の返しをした。

「性別の問題なのか、これ」楓は確信を突いた。

「楓がうらやましくて死にたい」

「私に先を越されてどうする」楓はこらえきれず語気を強めた。「言いたいのはこの事だ」

 楓の顔を見やる。楓もまた、どういえばいいのか迷っているのが表情に浮かんでいる。余計な事を言わない方が良さそうだ。楓はそのまま押し黙って俯いてしまう。このかけがえのない女友達は、僕に気遣ってくれている。岬と僕が自分より仲良くなることが本筋だと、本気で思ってくれているのだ。

「だから、もっと智生は本気で岬を振り向かせないとダメなんだ」

 うなずく事しかできなかった。何を言っても誰かを裏切ってしまう。

「私は言ったぞ、いいな」

 楓はそう締めくくった。


 教室に人の影がちらほら見え始めた頃、楓は僕に投げかけた。

「そういえば、智生の誕生日って先々週なんだって?最近岬から聞いたんだ」気安さの中にも気遣いのある声だった。

「あぁ、でも気にしなくてもいいよ。男って別に誕生日を意識しない生き物なんだ。俺も楓の誕生日がいつか知らないしな」僕は話の矛先を変えようとした「楓はいつ?」

「実は今週なんだ」バツが悪そうに楓は言う「何か催促したみたいだな。気にしないでくれ」

「遠慮なく気にしない」僕はこともなげに言ってみせる。楓が僕の左肩に軽く拳骨をぶつけてくる。

「聞きたかったのは、お前ののろけ話だよ。岬からプレゼント何もらったんだ」

「聞きたいか」僕は時間稼ぎに言った。言うべきかどうか迷う。

「聞かせて欲しいね」楓は身を乗り出す。ここは正直に話す事にしよう。

「リトマス試験紙」

「は?」楓は固まる。

「リトマス試験紙、型のふせん」

「ごめんよく分からん」

「これには楓の知らない物語があって、彼女なりの愉快なユーモアなんだよ」

「それは面白いのか?」

「俺にとってはね」

 ベランダから教室に戻ると、まばらにクラスメートが登校してきていた。岬が自分の席から僕たちの事を見ていて、とっさに目を逸らした。それから思い直したように僕らへ手を振った。


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