ヤンキー桃太郎とミル先生
むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでた。お爺さんは毎日山へ芝刈りに行き、それを薪として売って生計を立てていた。お婆さんは畑で野菜や果物を作って家計を助けていた。今でいう電力会社で働いている夫と、自給750円のパートをしている中年の夫婦といった感じだ。二人の間には、長い間子どもがいなかった。
ところが、あるときおじいさんとおばあさんの間に子どもが生まれたのだ。
おじいさんは、その子どもに桃太郎と名づけた。なにしろ、物語の桃太郎のように強くなってほしいから。
ここからは、現代の桃太郎の話である。
電力会社に勤めている父親と、パートと家事の傍らで家庭菜園をしている母親の愛情を一心に受け、大きく大きく育っていった。
5歳の桃太郎は、近所でも評判の悪そう坊主。隣の子どもとけんかしては、泣かして帰った。桃太郎が隣の子どもを泣かすと、母親は家庭菜園で取れた野菜や果物を持って隣の家に謝りに行った。
「うちの桃太郎が、お宅の浩太くんを泣かして申し訳ありませんでした。」
母親は、いつも謝ってばかりだ。
しかし、母親は内心は鼻高々。
昔からこうなのだ。悪そう坊主の母親ほど実は名誉なことはない。なにしろ、自分の子どもが他所の子どもよりも強いのだから。桃太郎、よくやった!と、内心は思っているのである。
小学校に入った桃太郎は、けんかには強いし、ユーモアがある。ときには、得意のギャグを言い、みんなを笑わせていた。運動会では、桃太郎が活躍し、桃太郎のいるチームはいつも優勝。相撲大会では横綱。
中学校に入った桃太郎は、立派なヤンキーになった。三人の舎弟を引き連れて、隣の中学校でけんかをした。あたりの中学校の生徒で、桃太郎の名を知らないものはいなかった。
桃太郎の舎弟は、倉田猿丸、犬山梅子、雉野亜紀である。
猿丸の必殺技は、チェーン投げ、梅子の必殺技はヨーヨー、亜紀の必殺技はとび蹴り。
イケメンの猿丸、男前の梅子、チョッと天然しかし裏番長的な亜紀。3人の舎弟たちと中学校を守っていた。つもりであった。
そして、いつも言うのである。
「お前たちはかっこよかったぞ。さすがオレの舎弟だ。」
桃太郎のような、ユーモアがあって強い男に褒められると、3人の舎弟は嬉しくてたまらず、また頑張ろうと思うのだった。
そんな、桃太郎が中学3年生になった日に、桃太郎の中学校に若い美しい先生が東京より赴任してきた。ミル先生だ。
ミル先生は、二十代前半の先生で目がクリクリして髪の毛が真っ黒で小顔で細身のかわいらしい先生だった。そして、授業がとてもわかりやすい。桃太郎の苦手な英語も、ミル先生のお陰で得意な科目になった。
「ミル先生、24歳ってぜ。」
猿丸が言うと、
「まじか、おれ十歳違いやけん結婚できる。」
と、桃太郎が言う。そこをミル先生が通り過ぎる。桃太郎は、ミル先生のことが気になってたまらず、ミル先生が職員室にいると木陰から職員室を覗いていた。
ミル先生は、若いがしっかりした考えを持った先生だ。
「人という字は、人と人が支えあって生きていくことを表しています。お米一つとってっも、農家の人、農家に重機や肥料などを納める人、米が取れたら管理する農協、トラックで運ぶ人、品物を卸す人、お店の人、たくさんの人が働いて私たちは食べられます。だから、私たちはみんなで支えあっていかなければなりません。」
という話もした。
「ミル先生は、オレが守る。」
桃太郎はそんな気持ちになった。
それからというもの、英語の時間や学級活動の時間、自分の正義を振りかざし、
「おい、お前のその発言、間違ってるぜ、何言ってるんだ。」
と、ちょっとおかしな発言をしたクラスメートを攻撃した。だから、
「桃太郎さんがいると、何も言えないね。」
と気の弱い生徒は、小さくなっていった。
運動会が近づき、桃太郎はまさしく白組の応援団長になった。そして、運動会まであと2週間というときに、猿丸が、体操服を忘れてきたのである。桃太郎は言った。
「お前みたいに、運動会前に体操服を忘れるようなクズがいるから、このクラスはダメになるんだよ。お前、サイテーだな。」
三人の舎弟たちは、桃太郎のいないところで集まった。亜紀は言った。
「桃太郎のああいうとこ、わたし嫌いなんだ。見てると悲しくなる。」
「オレは、桃太郎からクズとか、サイテーとか言われて自尊心を傷つけられた。オレはもう学校に行きたくない。」
と猿丸が言った。梅子は、
「猿丸、悪いのは桃太郎で、お前が落ち込むことは全然ないんだ。」
と言う。
「くそー、桃太郎の奴。」
翌日、桃太郎が三人の舎弟のところに一緒に弁当を食べようと来るが、三人はそれぞれにどこかへ行ってしまった。学校の帰りも桃太郎は一人だった。次の日も、その次の日も。運動会の練習でも、桃太郎が一人で大きな声を出しているだけだった。
「おい、お前たち声出せよ。」
しかし、3人の舎弟の協力がないので桃太郎は一人芝居をしているようだった。
・・・オレは、あいつらから避けられている。オレのことを嫌いになったんだ。
あいつらが急に変わった理由がわからない・・・
桃太郎は、教室に入るのが怖くなり、保健室登校になってしまった。運動会が近づいてきたのだが・・・
ミル先生は、桃太郎のところ行き言った。
「桃太郎、桃太郎がクラスのためと思って、大きな声を出してきてくれたこと、先生はとても嬉しかった。だけど、そんなときにやっぱり先生はほかの子の声が小さくなって、言いたいことを言えなくなっていったのがわかった。桃太郎は、みんなが何を考えているか、みんな一人ひとりが考えていることの中にどんなにすばらしいことがあるか、考えたことある?」
桃太郎は黙って唇を尖らせていた。
そのとき、A組の夏海が走ってきた。
「桃太郎さん、助けて。桃太郎さんじゃないとダメみたい。」
桃太郎は裏山に走っていった。裏の池で小さい子どもが溺れかけているのである。
桃太郎は、
「119番しろ。あと猿丸を呼んで来い。」
と言うと、池に入り溺れそうな子どものところへ行った。池の中は藻がいっぱい生え、桃太郎も体が自由に動かない。おまけに小さい子どもが桃太郎にすがりつくのである。桃太郎は、これはオレまで死んでしまうかも知れないな。と思った。
そこへ猿丸が到着した。
「桃太郎、これを掴め。」
とチェーンを投げる。桃太郎は掴む。桃太郎にすがりつく子ども。チェーンを引っ張る猿丸。渾身の力を込め、二人を岸辺へと引っ張る。そして、桃太郎の級友たちもチェーンを引っ張っている。
助かった。
桃太郎は気を失っていた。
ずいぶんと、長い時間が経ったように思われる。何度も夕日が落ちたような気がした。しかし、時間は経ってなかったのである。
猿丸が病室に入ってきた。
「大丈夫か?」
「なんか、オレ助かったみたいだな。」
「また、人命救助したな。一年のとき野球部サボって釣りに行ったらばあちゃんが溺れそうになって助けたし。すごいよなオレたち。」
そういう猿丸に、桃太郎は尋ねた。
「お前、なんでオレを避けてたんだ?オレわかんないんだよ。」
猿丸は答えた。
「桃太郎は、オレが体操服を忘れたときに、クズだのサイテーだの言っただろ?オレあのときもう学校へ行くまいと思った。けど、学校には来ないといけない。だから、桃太郎を避けていたんだ。あと、桃太郎がクラスのみんなに黙れとか、お前はろくな奴じゃないとか攻撃してるのいい気持ちしてなかった。」
そこへ、梅子と亜紀が入ってきた。
「桃太郎、黍団子だよ。お前の大好物だ。」
亜紀の言葉に、
「亜紀、オレのことを嫌いになったんじゃないの?オレを避けてたから。」
という、桃太郎。
「そうよ、桃太郎は自分の正義を振りかざしてみんなを攻撃してた。けど、一人ひとり意見はあるんだから、自分と合わない人を排除するのはどうかと思う。」
と亜紀は言った。梅子も
「私も亜紀ちゃんと同じよ。」
「ごめんな、みんな。」
桃太郎はふっとため息をつきながら言った。
翌日、元気になった桃太郎は久しぶりに教室へ行った。
ミル先生が、教壇に立った。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
そして、黒板に“人”という字を書いた。
「人がたくさんいれば誰一人同じ考えを持つ人はいません。失敗もします。思い通りにもなりません。だけど、その人たちがいるから、私たちは生活できるのです。私たちもゆくゆくは仕事をするようになり、生産や流通の過程に入ります。いろんな人の意見や考え方を尊重していくことが大事だと思います。
昨日、保健室の桃太郎を隣のクラスの夏海が呼びに来てくれました。桃太郎は、みんなから必要とされているのです。同じように運動会の応援もみんながいないとできません。それぞれが違ってもお互いを大事にしたいですね。」
と言った。
朝日は少しずつ高くなっていった。
そして、季節は移ろいでいき、春から夏へ、夏から秋へ。
運動会も部活も受験も終えた桃太郎は卒業式を迎えます。
「卒業証書授与するもの、117名」
卒業生はぞろりと立ち上がる。
ミル先生は澄んだきれいな声で桃太郎の名前を読み上げた。こんな美しいミル先生を見たのは初めてだ。ミル先生にとっても、これまでの人生で一番美しいときではないかと感じた。
式が終わり、最期の学級活動を終えた卒業生と先生たちは運動場に集まってお別れをした。桃太郎はクラスのみんなを呼んだ。
「おい、みんな集まれー」
そして、みんなは袴姿のミル先生を胴上げした。
ミル先生の涙は止まらず、赤くなった顔もまた美しかった。
桃太郎は、心の中で言った。この一年でオレの何かが変わった。ミル先生、
ありがとう