終章
カーテンを通してやわらかい光が差し込んでいる。気だるさの残る身体を包み込む薄いブルーのブランケット。こんなにゆったりと時の流れる朝は何日ぶりだろう。
「おい、未玖、いつまで寝てるねん。もう10時やで」
平和で幸せな朝は、またもやボーイソプラノの耳障りな叫び声によってぶち壊された。私はブランケットをたぐって顔を出すと、声のした方に向かって答える。
「ここ何日も徹夜してんから、今日くらいゆっくり寝かせてよ」
「そんなの、自業自得やろ。レポートの締切が昨日やってことはずっと前からわかってるねんから、それに合わせて準備しておけば済む話やんけ」
涼太は相変わらず生意気だ。
「あんたが大学生になった時、絶対同じこと言うたるからね。よく覚えときや」
「俺は未玖みたいにいい加減な人間とちゃうからな。そんな心配ないわ」
そして相変わらず可愛くない。
「11時には家を出なあかんねんで。樹兄ちゃんの壮行会に間に合わへんからな」
「樹の壮行会? 行かへんよ、そんなもん」
一連の事件の影響で、みつともSCは解散を余儀なくされた。そして、新たに三友工業サッカー同好会として再出発することになったのだ。樹は散々迷った挙句、大阪のクラブへの誘いを断り、三友工業でサッカーを続ける道を選んだ。今日は、商店街の人達の呼びかけで、その壮行会が行われることになっている。
「とにかく、早く起きてや」
涼太は甲高い声でそう言い捨てると、クルッと後ろを向く。その背中を見て、ふと岡安の言葉が胸をよぎった。
「涼太、ちょっと」
呼びかけると、涼太は振り返った。ちょいちょいと手招きをする。
「何やねん」
涼太は面倒くさそうに歩み寄ってきた。
「もっと近くまで来てえや」
「はあ? せやから、何やねんて」
警戒心を体全体にたぎらせながら、涼太がゆっくりと近づいてくる。ある程度のキョリになったところで、私は手を伸ばして涼太の腕を捕まえた。
「何するねん!」
嫌がる涼太を無理矢理引き寄せると、彼は暴れながらベッドに倒れこんだ。上からブランケットをかぶせ、頬ずりする。
「やめろって。あはは、くすぐったいやんけ」
涼太がブランケットに潜り込みながら、蹴りを入れてくる。それほど痛くないところを見ると、少しは手加減することを覚えたようだ。
「お姉ちゃんなあ、ほんまに大切やと思ってるねんで、涼太のこと」
すると、涼太はピタッと動くのをやめた。ブランケットから顔を出し、眉間に皺を寄せてこちらを見る。
「何やねん、きしょく悪いなあ。腐ったもんでも食うたんちゃうか」
ほんとに可愛くないヤツだ。私は再び、頬ずりを開始した。涼太が笑いながら暴れ回る。
「ほら、二人とも、早く朝ごはん食べてや」
階下から、母親が私達を呼ぶ声が聞こえてくる。
涼太とこんな風にじゃれ合うことができるのも、今のうちだけかもしれない。それならそれで、私は精一杯の愛情表現をしておこう。
いつか涼太が昔を振り返った時、笑って話してもらえる思い出のひとつになるように。
<完>