98.人がいなくても気をつけろ
「こちらの部屋でよろしいですか?」
「おお、十分十分」
通された部屋を見渡して、王姫様は満足気に頷いた。ほっと胸をなでおろしたアオイさんを見て、俺も何か肩の荷が下りた感じ。
結局うちの宿舎に泊まることになった王姫様は、俺が初めて宿舎に泊まった時に使った部屋……とは違うけど、同じ階にある部屋を使うことになった。あん時の部屋は監視つきだったそうなんだけど、さすがに王族にそんな部屋は使わせられないよな、うん。
窓開けたりタンスの中覗いたりしてた王姫様が、ふと気がついたようにこっちを向いた。
「で、食事と風呂はどうなってる?」
「食事は宿舎の食堂か、外で食べることもありますね」
「ふむふむ。まあ、旅人が寄ることも多い街だからな、そういう店も多かろう」
とっさに答えた俺にうむうむと頷く王姫様。今更あれだけど、ほんとにこの人王族なんだろうか。えらく気さくなんだけど……まあ、王女様ってのあっち置いといてカイルさんのお姉さんだと思えばいいか。
「お風呂はないので、入りたいときはお風呂屋さんに行くことになりますね」
「風呂屋か! それはいい、ぜひ行ってみたかったのだ!」
風呂屋と聞いてワクテカな顔をする王姫様、いいのかほんとにそれで。と言っても、行ったこととかないんだろうしなあ。
「ご自分で身体を洗うことになりますが、大丈夫ですか?」
「そのくらい、できると思う……多分」
アオイさんのツッコミに、ここで初めて王姫様の表情が曇った。いや、多分て。
えーとつまり、自分で身体洗わないってことは、普段風呂入るときはおつきの人に身体洗ってもらってるわけか。すごいな王家、というか金持ち。人に洗ってもらってこう、恥ずかしいとかないんだろうか……ないんだろうな、それが当たり前なら。
「よし、ならば今すぐ風呂屋に参ろう。旅も一段落して、汗を流したい」
「それは構いませんが、地味な格好してください。あんた王女様でしょうが、街中であんまり目立つのも問題じゃないすか?」
そんなわけで速攻風呂屋に行こうとした王姫様を、慌てて止めた。いやだってさ、白い部分鎧外したのは良いけどその下は真っ赤なドレスなわけで。背もそこそこ高いしめっちゃ目を引く美人だし何というか、王家のオーラっての? そういうのがばんばん出てて絶対目立つに決まってる。
「む。まあ、確かに戦の直後だから余り目立ってもあれだが……しかし、これは派手か?」
「殿下はお顔立ちからして目立ちますから、赤いドレスだと余計に目を引くかと」
「そうか」
アオイさんも考えてたことは俺と同じようで、きっぱり言い切ってくれた。とはいえ、戦闘の帰りなんだから着替えとかあるんかいな、と思ってたら王姫様は、あっさり答える。
「よしアオイ、服を貸せ。お前のなら入るはずだ」
「わ、分かりました……」
さすがにアオイさんも、これには文句は言えないよなあ。そりゃまあ、俺はあんたらより小さいから俺の服じゃ入らないだろうし。
で、アオイさんの普段着らしいクリームのワンピースをさらっと着こなした王姫様とそのお供2名プラス伝書蛇1匹は、王姫様念願のお風呂屋、つまるところ『ユズ湯』でひとっ風呂浴びることになった。珍しくお客さんがほとんどいなくて、女湯は貸切状態だった。
なお、店主ことユズさんも気はついたようなんだけど、「いいもの見れたよ。やっぱり、風呂屋やっててよかったねえ」と拳を握って喜んでいた。そういえば、ぶっちゃけ男女のヌードを堪能するために風呂屋やってるんだっけ、ユズさん。まさか、コーリマの王女様の身体をガン見できるとは思わなかっただろうけど。
『まま、おはないいにおいだねー』
「そだな。きつかったら言うんだぞ?」
『このおはななら、ぼくだいじょぶー』
ざっと流して、浴槽に入った。今日は香りのいい花が入ってて、例によっておけの中にいるタケダくんものんびりしてる。そっか、この花の香りは平気か。
「……ジョウ、お前良く平気だな……」
「え? あ、アオイさん大丈夫ですか?」
「……どうだろう……」
さて、その俺の横でアオイさんはぐったりと湯船の端にもたれている。王姫様と一緒にいるだけで、結構疲れるものらしい。俺は平気だから、まあ考え方の違いとかも関係してるんだろうなあ。
そして、更にその横で。
「うむ、広い浴槽はやはり気持ちがいい!」
「せめて足は閉じてください! いくら女同士でも見たくないです!」
でーん、とこれまた形の良いおっぱいをまったく隠す様子もなく、ついでに湯船の中でどーんとおっさんみたく足おっぴろげて風呂屋の風呂を堪能している王姫様に、ついツッコミを入れた。
いや、中身男だから余計に見たくないというかこう、夢がないっていうか。結構グロテスクだもんよ、あの部分。
「いいではないか。他に客もおらんようだし」
「人がいるいないの問題じゃないですから」
「むー……城におる時と同じことで怒られる。つまらん」
「なら違う方向で答えますけど。ぶっちゃけそういうポーズ、おっさんくさいです」
「そ、それは困る。ただでさえ何で男に生まれなかった、などと文句を言われておるのにポーズが男では、余計に突っ込まれる」
いや王姫様、突っ込まれるポイントそこじゃないと思う。何か、アオイさんが疲れてる理由が分かってきた気がするよ。一事が万事この調子か、この王女陛下。




