96.帰還
その日の朝、俺はつんつんと頬をつつかれる感触で目を覚ました。あ、これ、何か前にも覚えがあるぞ。
『ままー、おきてー』
「んー……?」
「しゃー」
うっすら目を開けて、視界に入ったのは白い蛇と、薄緑色の蛇。っておい、この前と同じパターンじゃねえか。
「ちょ、またこっち来たのか、カンダくん」
「しゃあ」
慌てて跳ね起きると、カンダくんはこの前と同じように文の筒をぽとんと落としてから息を吐いた。ぱたぱた、と翼をはためかせているのが何となく、ほめてほめてって言ってるような気がして俺はその頭をなでてやる。いや、何にしても文持ってくるって仕事はやり遂げたんだしな。
その横でタケダくんが、俺とカンダくんを見比べてから言ってきた。
『えっとね。かんだくんのままとか、みんなのおむかえおねがいしますっておてがみ、もってきたんだって』
「お迎え?」
カンダくんのママ、とタケダくんが言ってるのはつまりラセンさんのことだ。そのラセンさんや、皆のお迎えを頼むという手紙を持ってきたらしい。
ということは、どうやらカイルさんたちは少なくとも無事ってことなんだろうか。この場合のお迎えって、迎撃ってことでもなさそうだしな。タケダくんやカンダくんの顔見てると。
ともかく、この前と同じように携帯食を引っ張り出してから俺は、着替えを始めることにした。またアオイさんに朝飯おごってもらうことになるんだろうか、なんてことを考えながら。
「戻りましたわえなあ。留守中、何もありませなんだか?」
「おかげさまで。ご店主もお疲れ様でしたな」
「ひょほほ、まだまだ若いものには負けしまへんえ」
「……ひいばあさんにはとても勝てねえよ、ったく……」
カイルさんたちの部隊が帰ってきたのは、それから2日後だった。えらく早かったな、とはアオイさんの台詞。大急ぎで帰ってきたんだろうか、疲れてるだろうになあ。
というか、全体的に疲れているのが分かる雰囲気だった。元気なのはチョウシチロウとアキラさんくらいのものでさ……何でテツヤさんまで疲れてるんだろうと思ったけど、まあこのひいばあさんに振り回されたんならしょうがないか。
で、カイルさんたちの出立時と同じように領主さんも顔を見せていた。アキラさんとのほほんと会話出来てるのはすごいなあ、と思う。まあ、良く知った仲なんだろうね。
「お帰りなさいませ、隊長」
「ただいま。こっちは大丈夫だったようだね」
「まあ、少々ありましたが。その報告はおいおい」
一方、俺やアオイさんはカイルさんを迎えていた。うわー、イケメンって疲れた顔してもやっぱりイケメンなのな。くそう羨ましい、これだとマジで女の子はほっとかねえな。って、今俺も女の子なんだけどな、一応。
「あの、コクヨウさん、は」
それはともかくとして、だ。皆が帰ってきたということは、コクヨウさんの問題が解決したからってことなんだろうけど。でも、ハクヨウさんとかは見たけどあの隻眼、部隊の中に見てないんだよなあ。
「少なくとも、死んではいない。先に宿舎に連れて行くんでな、2人は近寄らないように」
「え?」
「……はあ、了解しました」
カイルさんの言葉に、俺はアオイさんと軽く顔を見合わせてからとりあえず頷いた。つか、何でだろ?
少し離れたところに止まっている荷馬車に、荷車が持ってこられた。大きい板の両側に車輪がついてて、長い方の延長に持つところがついてて人や馬に引っ張らせる、あれ。こういうの、世界が違ってもあんまり形違わないのな。
で、その上に寝かされたのは……黒髪のおっさん。多分コクヨウさんなんだけど、耳までかぶさった目隠ししてる上に腹の上で両手ふん縛られてる。猿ぐつわってのか、口にも布かまされてて。暴れたりしないように拘束されてる、ってことなんだろうか。
「コクヨウさんっ」
「触ってはならん」
「へっ」
近づこうとして伸ばした手を、ひょいと横から掴まれた。あれ、この手、女の人だ。うちの傭兵ずとかより柔らかいし。でも、まめとか出来てるなあ。つか、カイルさんに近寄るなって言われてたのに。何やってんだ、俺。
で、手の主に視線をやると……うわあ、かっこいいお姉さんだ、っていうのが第一印象だった。
白メインの金属鎧は肩から胸と腰回り、あと肘から先を覆う部分だけに装着されている。アクセントの金色は、彼女がなびかせている長い金髪に合わせたのかな。青い目がきりっと真剣に、俺をまっすぐ見つめてる。あと唇が、化粧してないのに赤くてくっきりと結ばれてて。すげえ。マジでかっこいい。
「あれでもようよう我慢しておるのだがな、まだ黒の影響が抜けておらん。女が触れると、理性より欲望が勝って襲い掛かってくる」
「そう……なんですか」
お姉さんの声は女性にしてはちょっと低くて、でも落ち着いた感じで。だから俺は、素直に彼女の言葉を聞く気になった。いや、ほら、キンキン高い声とかって聞きたくなくなるようなのあるじゃん?
「故に視界も、耳も塞いである。しばらくは牢屋暮らしだろうが、本人も納得しておるそうだからそこは案ずるな」
「わ、わかりました……」
「……ええと、よろしいですか」
俺が頷いたところで、アオイさんが口を挟んできた。お姉さんはアオイさんよりも背が高くて、あーうん多分プロポーションも……口には出さないけどな。
「おや。お前……そうか、此度は留守を守っていたのだな」
「タチバナ隊長の命によりまして。お久しゅうございます、セージュ王女殿下」
……はい?
えーと、このお姉さんが、かの王姫様ことコーリマ王国の実質的なトップ、セージュ王女様?
「カイルもそうなんだが、そう堅苦しくするな。私が肩がこる!」
「そう言われましても」
「特にアオイ、お前は父親に似て身分にこだわりすぎるのだ。あの父にしてこの娘ありとは私もよく言われるが、お前もそうなんだぞ」
……あー、何かよく分からないけど、王女様って大変みたいだなあ。それでか、私自らが出るとばかりに軍勢率いて戦場に出るの。




