95.何故怒る
「副隊長。それ、やばくねえすか」
「とは言え、援軍に行けるわけでもないですしねえ」
アオイさんの言葉を聞いた全員の意見は、グレンさんとタクトが呟いたこの二言に集約されるだろうな。
男の生気を吸い取って自分の魔力にする、黒の魔女。
その魔女がいる黒の軍勢に、コクヨウさんが捕まった。カイルさんをかばって。
早く助けないとコクヨウさんは、アキラさん曰く良くて色ボケ人形、酷いとカラカラのミイラになっちまう。だけど、コーリマ軍もうちの部隊も、構成員はほぼ男性。魔女にかかれば、そいつら全部同じ目に合っちまうわけで。
「心配しなさんな。王姫殿下が御自ら救出に向かわれてるそうだから」
「王姫殿下って、コーリマの……」
そうなると確かに、アオイさんがため息混じりで呼び名を呟いたその人が行くのが一番なんだけどね。でもまあ、たかが傭兵部隊の1兵士助けるのに、王国の王女殿下自らってどうなんだろう。というか止めないのか、部下とか部下とか。いや何となく止まらない気もするけどな。
アオイさんは、ため息を連続でつきつつ言葉を続けた。いやまあ、何か分かる気もするけれど。
「コクヨウはそれなりに耐性はついてるはずだけど、でも保って……そうねえ、3日かしら。その前に砦もけりをつけるつもりでしょうね」
「よく分かりませんけど、コクヨウさんが捕まったので王姫様がブチ切れた、と」
「隊長が狙われたから、だと思うけれどね」
「そっちですか」
コクヨウさん、哀れ。
いやよく分からないけど、カイルさんって王姫様と友人だったりするのかな。そうだったりしたら、まあ友人が狙われてその部下がとっ捕まったらキレる、か。俺も……武田がそんなことになってたら、キレない自信ないけれど。
にしても。
「ところでアオイさん。耐性って何ですか」
「こういう仕事やってるとね、多かれ少なかれ黒の汚染を受けるものなのよ。それでまあ、耐性がつくと」
「……あー」
予防接種みたいなもんか。というか、病気じゃなくてもそういうのあるんだなあ。
でも、それでも3日……って、今日あたりじゃないか、それ。
今頃、砦の方では決着がついてるってことか、つまり。
「大丈夫なんですかね」
「隊長は自分の部下にはドロ甘だから、少々無茶やってでも救出するわよ。王姫殿下も、そこは似たようなものらしいわ」
グレンさんが首かしげつつ尋ねるのに、やっぱりアオイさんはため息ひとつ。いやいやいやいや、マジで大丈夫なのかよほんとに。
「コーリマの兵士は、耐性とかどうなんでしょう」
「一般市民よりは強いと思うけど、さすがに私たちよりは弱いかもね。傭兵部隊だといろんな敵とぶつかるけど、ああいう軍隊はそもそも力押しがメインだし。それに、直接黒の魔術師とぶつかるような戦は最近ほとんどないから」
今度はタクトの疑問。あー、そうか。というか、こんなでかい戦闘最近なかったのか。
……何だろ、気持ち悪いなあ。
考え過ぎかもしれないけど、俺がこっちの世界に来てから妙に動いてないか、黒の連中。いや、来る前のことってラセンさんや他の皆から教わったことくらいしか知らないけどさ。
でも、もしそうなら……あー、何だろう。マジ、気持ち悪い。とりあえず、飯全部食おう。せっかくの、美味いオムライスがもったいない。
食後、アオイさんは手早く手紙をしたためた。こっちは無事だから戦が終わったらさっさと帰って来い、って感じの内容らしい。
その紙を小さく巻いて、筒に収める。蓋をした後アオイさんは、カンダくんを呼んだ。俺の肩にずっといるんだよね、魔術師の肩だから落ち着くのかな。
「カンダくん。おつかい、頼んでいいかしら」
「しゃあ」
『ごはんたべたからだいじょうぶだって』
「飯食ったから大丈夫、だそうです」
「そう、ありがとう。これ、ラセンに届けてね」
「しゃー」
カンダくん、タケダくん、俺の順番で伝言ゲーム。最大の問題は、タケダくんがいまいち言葉がつたないことだ。まあ、これは成長するに連れて増える……といいなあ、うん。いや、俺が教えないといけないのか。やべえ。
それはともかく、カンダくんは筒を口にくわえるとばさっと翼を広げた。タケダくんよりは大きくて、身体と同じ薄い緑色の綺麗な翼。そうして行って来ます、とばかりに大きく頷くと、彼は数度翼を羽ばたかせてあっという間に飛び去った。うわ、早い。
「さて。お迎えの準備はしないとね」
「ですね」
帰ってくれば、それはそれでOK。帰ってこなかった場合、やってくるのは黒の軍勢だ。そのお迎えの準備、ってことだろうな。
「そういえばあの筒、何であんな小さいんですか」
ふと、そんなことを聞いてみた。いや、ああやって実物見たのは初めてだからさ。アオイさんが答えて曰く。
「運んでる最中は落とさないように飲み込んでおくため、らしいわね」
「飲み込むんですか、あれ」
「前に大至急の文を持ってきた時に、目の前で吐き戻されたことがあったわ」
「……うわ」
伝書鳩だと足に結びつけるんだけど、足のない蛇だと飲み込ませるわけか。で、目的地で吐き戻すと。うわあ、伝書蛇って大変なんだな、と思ってついタケダくんに視線を向ける。
「……だってさ。タケダくん」
『ままがのみこめっていうなら、ぼくがんばる』
「まずはもう少し大きくなってからにしような」
いや、さすがに今のお前があの筒飲み込んだら、喉につっかえそうで怖いよ。




