92.足のない足
アキラさんが出立の準備があるって言うから、彼女とテツヤさんと一緒に『子猫の道具箱』に向かった。ちょくちょく寄らせてはもらってるけど、しばらく店お休みっていうのはちょっとさびしいかな。
なお、同行者がテツヤさんなのはひ孫だから引っ張り回しやすい、ってことらしい。お疲れ様である。
「戻ったぞえ」
「お帰りなさい……あ」
「しゃー」
扉を開いた向こうに、コウジ……コウジさんがいた。ああ、ほんとに元気そうだ。何かほっとしたよ、よかった。
で、向こうはちょっと困ったような顔をした。どうやら、俺のことを覚えてたみたいだ。あと、ビームで物理的一撃食らわせたタケダくんのことも。
「……その節はどうも、恥ずかしいとこ見せちゃいまして。蛇、元気そうですね」
「いやいや。そちらも元気そうで、良かったです」
「はは。店主と違って魔術はからっきしなんですが、身体はそれなりに丈夫なんで」
グレンさんとはちょっと色味の違う赤い髪を掻きながら、コウジさんはそう答えた。って、店主ってアキラさんのことだよな。そう呼ぶんだ。
「……店主?」
「えーと、彼女と俺の関係は……」
「聞いてます」
「ですか」
つい口にしちゃった言葉を聞きとがめたのか、コウジさんが尋ねてくる。ちらっとテツヤさんに目をやってから頷いたら、それで納得してくれたようだ。
「いや、さすがに人前でひいひいばあちゃんとか呼ぶわけにも行かないんで、長いですし。だから、店だと店主って呼んでるんですよ。テツヤ兄と違って」
なるほど。ま、お店でならそう呼んでもおかしくないよな。ところで、テツヤさんはコウジさんからみたらおじさん、だよな。確か。
「そっちは兄なんだ?」
「年近いのにおじさん、もねえし」
「……って、小さい頃から言われてまして」
「あー」
テツヤさんが、少々きまり悪そうな顔で口を挟んだ。それもそうか、おじさんと甥っ子でも年これだけ近いとなあ。実際、どれくらい近いのかは知らないけどまあ、兄弟とか従兄弟とか言われた方が納得はできるよな。
「おお、おお。若いモン同士、話は弾んでおるかや?」
そんなことを話している間に、アキラさんが大きめのカバンというかトランク持って出てきた。よく見たら、トランクの横にでっかく『おでかけせっと』と俺でも余裕で読める文字で書いてある。あと、このトランク浮いてないか。地面から、ほんの少しだけだけど。
それで驚いてるのは俺くらいのもんで、コウジさんはそのトランクを見てからアキラさんに尋ねた。テツヤさんも当たり前の顔してるなあ。
「お出かけっすか?」
「うむ。ちいと、カイル坊やのところにお使いに出るでな。店は閉じておけ」
「分かりました。臨時休業っすね」
こう見ると、アキラさんとコウジさんは普通に店主と店員なんだよな。知らなきゃ、ひいひいばあちゃんと玄孫だなんて分からない。まあ、俺の横にいるひ孫なテツヤさんもそうだけど。
そのテツヤさんは、「変なとこ、準備万端なんだよなあ」と苦笑しつつトランクをぽんと軽く叩いた。それから、アキラさんに視線を移す。
「そういやひいばあちゃん、馬どうすんだ?」
「んむ?」
馬かあ。さすがにユウゼから砦まで、歩いて行くわけにもいかないよね。アキラさん、身体小さいし。まさか、魔術でびゅーんと飛んで行く……とかも、ないか。
そんなこと考えている俺を他所に、アキラさんはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。今度は何だ、この人。
「ひゃは、任せおけ。こういう時はの、ぱっと見で威圧することも重要じゃてな」
「ぱっと見、って……もしかして」
「え、マジすか」
「……何かいるんですか」
テツヤさんとコウジさんが、全力で引いた。ということは、この世界で普通にいるカラス顔で背中に翼のある馬じゃあないのか。一体何が出てくるんだよ。
「チョウシチロウ、出番じゃわい」
楽しそうに何かの名前を呼んだアキラさんの声と同時に、店の周りが暗くなった。
窓の向こうに、のそりと姿を現したもの。あーうんえーと、ぶっちゃけると伝書蛇だった。白地に黄色というか金色というかの斑模様が入ってて、翼は柔らかい金色で、目もやっぱり金色で。
ただし、サイズがな。頭が白菜よりふた回りはでかくて、それにくっついてくる身体もまあ、こうファンタジーとかで出てくる巨大な蛇のモンスターみたいなロングサイズで。当然翼もまあでっかい。ばさっと広がったそれは、俺が両手広げたよりでかい。
「わしの可愛いチョウシチロウじゃ。タケダくんも、長生きすればこのくらいは大きゅうなるぞえ」
「え、ええー」
サイズに制限ないのかよ、伝書蛇。こんなサイズになったら、飯どうすんだよ飯は。いくら燃費が良いっつーても限度があるぞ、おい。
いやまあ、あんまり怖くはないんだけど……と思ってふと顔をあげたら、窓の向こうのチョウシチロウと目が合った。
「しゃー」
と、突然声出すんじゃねえよ、びっくりしただろうが。俺もそうだけど。
『ま、まま、こしぬけた……』
「お前腰あったの!?」
タケダくんが、な。




