88.敵の意図は
食後のお茶を飲んでいるところに、マリカさんが入ってきた。ミルク粥とサラダのセットって、俺より小食なんじゃね? いやまあ、女の子ってそういうところあるけどさ。
「あら。おはようございます、ジョウさん」
「おはようございますー」
何、俺の顔まじまじ見てんだか。特に何もついちゃいねえ、とは思うんだけどな。
そんな俺の考えは、少しばかりずれていたようだった。マリカさんが見ていたのは、俺の顔そのものだったんだ。
「話は聞いたんだけど……よく眠れたみたいね?」
こんな風に言われて、そこで俺はそれに気がついた。そうか、昨夜の話、マリカさんも聞いてたんだ。
「はあ、まあ。寝付けないかと自分でも思ったんですが」
「そうね。でもまあ、休めるときに休んでてもらえると、皆も助かるから」
「ジョウさんの分まで、俺が頑張りますよ?」
『ぼくもー』
いや、気を使ってくれるのはありがたいというかなんというか、何だけど。でも、タクトはともかくタケダくん、お前さんが返事しても多分聞こえてないぞ。それに、俺の分までって。
「魔術のフォローはできないでしょ、タクトは。あとタケダくん、ママから離れることになるかもよ?」
「うぐ……確かに魔術師じゃないですけど」
『やだー、ままとはなれるのやだー』
……聞こえてなくても言ってることは何となく分かるってかー。いやまあ、こいつの言うことなんてワンパターンだしなあ。全くこいつはもう、と思いながらタケダくんの頭をなでてやった。
俺は一応魔術師の端くれだから、その点で俺の代わりってなるとラセンさんか、領主さんとこにいるだろう専属魔術師さんってことになる。でも、どっちも代わってもらうわけにはいかないな。領主さんとこの人は、領主さん一家を守るために頑張って欲しいし。ラセンさんはカイルさんと一緒に、砦に向かっている。
砦、か。
「あの」
マリカさんならもしかして、向こうの事情教えてくれるんじゃないだろうかと思って俺は、口を開いた。
「カイルさんたちの方、大丈夫なんでしょうか」
「ああ、そうね」
俺の顔見直して、マリカさんは苦笑しながら頷いてくれた。タクトも真剣な顔になったから、もしかしてお前らも聞いてないのかな。……俺のせいだったりしたら、ごめん。
「メインで戦っているのはコーリマ軍だから、あまり気にしなくてもいいと思うわよ。ただ、砦にいたはずのコーリマ軍の部隊が全く消息がわからないらしくてね。そこら辺、ムラクモを始めとした忍びが偵察に出てるようよ」
「部隊がまるごと、ですか」
「ええ」
砦は、黒の過激派に占領されている。でも、そもそもその砦にはコーリマ軍部隊が駐留していたはずで、その部隊がまるごと行方不明になっている、ってことか。
単純に考えれば黒の信者たちと戦って壊滅した、ってことなんだろうけど。
「殺されて全滅しているなら、少なくとも砦自体にもダメージがあるはずですよね。コーリマ軍もそれだけの武装をしてるんですから、規模の大きい戦闘になると思うんです」
「一部を黒に染めて仲間割れさせるってやり方もなくもないけれど、それでもそれなりの戦闘にはなるはずね。それに時間も経っているから、いくら寒い時期でもそろそろ匂いで分かると思うの」
だよなあ。タクトの言うこともそうだし、マリカさんの言うことも。
軍部隊と黒の信者が全力で激突なんてことになったら、砦だって壁壊れたりするだろうさ。どうやらそういうの、ないらしいし。
砦1つ守る部隊が全部死んでたら、いくら何でもすごい匂いになるはずだよな。外まで漏れてきてもおかしくないくらいに、さ。
「そうでないってことは、全部捕虜……?」
「ってことになりますよね」
「隊長たちも、そう考えているみたい」
思わず、タクトやマリカさんと顔を見合わせた。いやいやいや、もっとないだろうそれ。戦って殺すより、全部とっ捕まえる方がどれだけ面倒だか、いくら俺だって分かるぞそのくらい。
もちろん、タクトも同じ考えだったようだ。マリカさんに、訝しげな顔をして尋ねる。
「でも、そんなこと可能なんですか? それに、大勢捕虜にする理由が」
「向こうに強力な魔術師がいれば、もしかしたら。大量の捕虜を取る理由は……まとめて黒に染めて手駒として使う、ってところかしら」
うわあ、えげつないな。
軍の部隊をまるごと黒に染めれば、武装ごと使える。戦闘能力もそれなりにあるはずだから、向こうの戦力は段違いに増えることになる……よな。
「そんな強い魔術師が、いるんですか」
「ジョウ、あなたやラセンレベルの魔術師なら不可能じゃない、とアキラさんがおっしゃってたけど」
「俺!?」
さすがにそれはどうだよ。思わず自分指してあたふたしたぞ。タクトもええー、とか言った感じの顔してるし。
『ぶー。まま、やれるけどやらないもん!』
……タケダくんだけは、そんなことを言っている。もしかして俺の能力、ものすごくすごいのか?




