87.夢はゆめ
夢を見た。
夢だってはっきり分かるのは、俺が男の身体だったからなんだけど。さすがにこう時間も経てば、自分の女の身体に慣れてきてるもんな。
だけど夢の中では俺は平凡な高校生・住良木丈のままで、だから目の前に武田が平気な顔して立ってるのも納得できた。
『元気か? 丈』
「お、おう。武田の方こそ、元気にしてんのかよ」
普通に挨拶というか、久しぶりの会話というか。
実際のところはどうしてるんだか、まだカイルさんたちにも情報は入っていないらしい。やっぱり、俺と違って向こうの世界にいるのかね。それならいいんだけどさ。
『まあなー。ちょっといろいろあったけど、今は快適』
「そ、そっか」
しかし、これは夢なのにそれなりにちゃんと会話出来てるのな。けど、今は快適って何だろ。首を傾げて考えてると、武田はいつの間にか俺の目の前……というか至近距離にいた。さすが夢。
『いやほんと、快適。何しろ』
うっかりしたら鼻先触るんじゃね、って距離で武田はにやり、と何かいやらしい笑みを浮かべてそれから、唇を動かした。その言葉、は。
「っ!?」
目が覚めた。え、あれ、おい武田、今何て言ったんだ? 聞こえなかったぞ。
いやまあ、夢に文句言ってもしょうがないんだけどな。というか、視界に小さな翼がぱたぱたと入る方が気になって。
『まま?』
「タケダくん? どした」
『まま、わるいやついないよ? だいじょぶ?』
「あー……うん、大丈夫だ。ありがとな」
『うん』
あいつと同じ名前をつけた伝書蛇は、こうやって俺のことをえらく気にしてくれている。よしよしと頭なでてやると、目を細めてうっとりするのはあれだ、猫と一緒だ。毛もほとんどないし、鳴かないし、匂いもほとんどしないし。何気に同居するのには良いんだな、蛇。
それはさておいて。
意外に、自分が平気なのに気がついた。
俺は昨夜、初めて人を殺した。もらった短刀でザクザクと、そいつの腹をぶっ刺して。その後宿舎まで戻って、一応アオイさんに報告して、書類にサインして。
それから、血に汚れた手を洗って、着替えてベッドに入ったんだ。そのまますとんと寝ちまったみたいで、目覚めかけのタイミングで武田の夢を見た、って感じかね。
眠れないか、と思ったんだけどな。こうやって一晩経ってみると、それなりに自分の中で消化出来てるみたいだ。まあ、ずるずる引きずってもいいことはないんだが。
考えてても仕方ないので、タケダくんを肩に乗せて食堂に向かった。何があっても、腹は減るもんだし。
さすがに朝食はちょっと考えて、さっぱりした鶏のサラダ定食を選ぶ。何となく、牛肉や豚肉はやめとこうと思っただけなんだけど。魚も良かったんだけど、鶏肉ってさっぱりしてて食べやすそうだったから。
もぐもぐ食ってると、声をかけられた。おう、タクトか。
「おはようございますー。あ、ジョウさん」
「タクト、おはよう」
座れ座れ、と空いてる隣を指すと、タクトは素直に腰を下ろした。焼き魚定食の匂いもいい感じで、昼はそれにしようかななんて思える辺り、俺は結構大丈夫のようだ。
なんてこと考えてると、タクトが恐る恐る尋ねてきた。
「あの、大丈夫でした?」
「何とかな。心配かけた?」
「はあ、それはまあ」
うん、特にお前さんは俺のこと気にし過ぎだと思う。とはいえ、心配させたのは事実なんで素直に答えような、俺。
「ありがとなー。どうも、大丈夫みたいだ」
「そうですか、よかったあ」
俺が無事だと分かれば、タクトも安心して食事を進められるってもんだ。あっという間に焼き魚が頭と骨だけになっていくよ。俺も鶏肉をぱくぱくと食い進める。いやほんと、お酢系のドレッシングのおかげであっさりさっぱりで、食べやすいんだよね。
「そういえば、昨夜の件ですが」
ぱりぱりとサラダを片付けながら、タクトがこちらをちらりと伺った。
「副隊長、イコンの領主に話聞いてるそうです。今」
「今? 朝から呼んだんか?」
「ええ。というか、昨夜のうちには呼んでたらしくて。『兎の舞踊』から連れて来てもらったようです」
「そういや、スイートルーム入ってたんだっけかな」
うわ、アオイさん行動が早い。いや、早く動かないとさっさと街を出られる可能性があったからだろうけれど。
「まだ話し終わってないんで、状況とかは分かりません」
「そっか。まあ、聞き終わればこっちにも情報来るだろ。それから考えようぜ、タクト」
「はい」
……ほんと、それからいろいろ考えようぜ。
俺は大丈夫、何か分からないけどとにかく大丈夫だと自分に言い聞かせながら、最後の一口を飲み込んだ。




