86.黒の魔女
『彼女』視点です。
ベッドから起き上がって、私は大の字になったままの男に目を落とした。
元々はこの砦を守っていた兵士だったというこの男は、だからかなり筋肉質でしっかりとした身体つきだった。ついさっき、私が絞りとるまでは。
「満足なさいました?」
「あ、あ……」
落ち窪んだ目は、多分もう何も見えちゃいないだろう。それでも身体は正直なもので、かすかに腰がかく、かくと動いている。太陽神の信者の分際で最期にこんないい女を抱かせてやったことを、感謝してもらいたいもんだ。
「ご満足のようですわね。ゲス野郎」
氷よりも冷たい、と言われたことのある目で無様な男を見下ろした。
軽く手招きをすると黒フードを被った下男どもがいそいそとやってきて、抜け殻になった男をさっさと片付ける。今日のところは、これで終わっておこう。いくら兵士を大量に捕虜にしているからといっても、全員を私のものにできるわけじゃないんだから。
下男に沸かさせた湯を持ってこさせて、全身を拭わせる。流し込まれたものだけは、いつものようにそのまま残させた。これが男の生命を奪い、私に魔力をもたらす元だから。
黒のマントで、ざっと身体を覆う。下着は、この世界に来てから一度もつけたことがない。必要がないからだ。
そのまま部屋を出て、隊長が使っている部屋へと向かう。そろそろ、次の動きが分かる頃だろう。私が男を5人吸い殺しにする時間があれば、情報の2つや3つ届いていてもおかしくはない。
「ユウゼからの連絡が来ません。もしかしたら」
「居残りどもにやられたのか? ちっ、もう少し人員を割いても良かったか」
扉が、ほんの少し開いている。その中から聞こえた声に、ふうんとつまらなくなった。
イコンの領主に我が方の部下を付け、ユウゼの街に送り込む。内側から破壊活動と汚染を進めて、あの金にあふれた街を少しばかり黒い色に染めようとした『お遊び』は、あっさり失敗したらしい。愚かだ。
「いいんじゃないんですか? あんまり本気でもなかったんでしょう?」
まあ、そんなことは顔に出さないようにして私は、するりと隊長室に入った。報告をしていた部下は無視して隊長……私のご主人様の身体に腕を回す。
「おお、お前か。何だ、今宵はもう終わりか?」
「5人も吸わせていただきましたので。全く、底なしのドスケベ親父どもが」
「その相手をするお前さんも底なしだろうが。孕まないのか」
「みたいですね。全て魔力に変換されるようで」
ご主人様のだらんと降ろされた手が、もそりと動く。そのままマントの中に潜り込んでくるのは、好きにさせてやろう。こんな身体にしてくれた男の手は、今や私にとって無くてはならないものだから。
空いた手で、ご主人様はしっしっと部下を追い払う。泡を食って「し、失礼しました!」と駆け出していった部下は、余り好みじゃない。顔も身体つきも、大したことないし。
「たまにはあっちの色男どもも吸ってみたいですわねえ。適当なの、捕まえてきてくれません?」
「お前さんの好みは分からんな。だがまあ、白の信者が吸い尽くされて干からびる無様も一度は見てみるか」
「できれば、いい男をお願いしますわよ? 暑苦しい年増どもの相手ばっかりなんて、うんざりするんです。私にも、目の保養をする権利はあるんですからね」
「確かになあ」
邪魔者がいなくなった部屋は、途端に色事の場に変わる。お互いに口の中を貪り合いながら、相手の身体に手を這わせる。こんな仕草も私は、ご主人様から全て教えこまれた。
何しろ、この世界にきて私が初めて覚えたのは男の味、だったから。
「ユウゼの傭兵部隊が来ている。一部は居残っているそうだが、あの辺で適当に見繕ってやる」
「ありがとうございます」
足の間に、ご主人様が膝を割り込ませてくる。そのままがくがくと小刻みに震わせて、私の身体を揺さぶって。
ぎゅうと抱きしめられた私の身体は、他人からしてみれば柔らかくて抱き心地の良い、小娘のものなのだそうだ。そりゃあ、足を割らせて辱めるために世界を越えて引きずり込んだのだから、そういう身体にするだろう。
だが、今では感謝している。何しろこんな身体になったおかげで、毎日良い思いをさせてもらっているのだから。
「ああ、そうだ」
私を床に押し倒しながら、ご主人様が気がついたように呟いた。首筋に舌を押し付けながら、言葉の続きを囁いてくる。
「向こうの『異邦人』は居残りらしい。会えなくて残念だな」
「そうでもありませんわ」
今夜の終わりは、床の上で迎えるみたいだ。この部屋の床は厚手のじゅうたんが敷き詰められているから、特に身体が痛むわけでもないし、いいか。
「もし今会っちゃったりしたらもう、それこそ身も心も臓物まで、ぐっちゃんぐちゃんにしちゃいたくなっちゃいますから」
ご主人様の首に手を回しながら私は、つい本音を口にした。
本当に、全部ぐちゃぐちゃにしてやりたいよ。住良木丈。




