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生贄にされかけたらしいが俺は元気です。女になったけど  作者: 山吹弓美


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85.忘れるな

「来ました」

「おう。遅かったな」


 ノゾムくんとグレンさんの言葉にはっと顔を上げると、手持ちの魔術灯を持った人たちがばらばらと駆け込んでくるところだった。ああ、あの緑の髪はテツヤさんだな。それに、アオイさんがいる……多分。ノゾムくんが、まっしぐらに走っていったから。

 テツヤさんはまっすぐこっちに……と言うかグレンさんのところにやってきた。緑の髪と、赤い髪。でも、両方ともタヌキでもキツネでもねえよな。というか、キツネもタヌキもいるのかね、この世界。


「ひいばあちゃんの手を借りるはめになってた。悪い」

「マジか」

「黒が領主んちのすぐご近所でやらかしかけてな。応戦してたんだがちょうどひいばあちゃんが通りかかって、うぜえとばかりに光の拳ぶっ放したんだよ。おかげでこの時間で来れたんだけど」

「あー、数多かったのか。カサイもそうだが、そっちも力押しだなあ」

「外見に騙されんなよ。ネコタ・アキラは怖いぞー……ところで、お嬢ちゃんどうした」


 ああ、黒の連中俺たち以外にも襲ってたのか。俺は1人だけやっただけだけど、向こうの方は派手にやられたのかな。

 ……1人だけ。

 ひとり、殺った。この手で。

 うあ、また手が震えてきた。ちくしょう。


「あーいや、お初が短刀でめった刺しだった」

「……うわ、それはまた」


 それはまた、何なんだよ。と口で言えればいいんだけど、上手く言えない気がするので黙っている。そうしたら、テツヤさんは俺に尋ねてきた。グレンさんと違って、顔は見ないで。


「大丈夫か?」

「……わかりません」

「大丈夫だ、って見栄張るよりかはマシか」


 素直に答えたら、小さい溜息と一緒に頭に手を置かれた。ああそうか、大丈夫ですって言っても良かったのか。いや、多分大丈夫じゃないって思うんだけどな。自分でも、本当にわからないから。


「あ、ちょうどいいや。副隊長!」


 不意に、グレンさんが大声で呼んだ。すぐに、呼ばれたアオイさんが「どうした」って走ってくる。それから俺を見て、ちょっと変な顔をした。俺、どんな顔してるんだろう。


「彼女を頼んます。よりによって、短刀で初めてやらかしました」

「了解。後は頼んだ、グレン、テツヤ」

「はいよ。あとでうちの曾祖母呼んできますけど、いいですよね?」

「報告書の関係もあるから、構わないわ。何なら明日にでも、宿舎に来てもらって」

「了解っす」


 グレンさんとテツヤさんに手早く指示を出して、アオイさんは俺の前に立った。2人が駆け出すのを見送ってから、俺の肩を軽く抱え込んでくれる。


「宿舎に戻りましょう。話は明日聞くわ」

「……はい」


 うわ、声かすれてるよ、俺。つーか、よく出たな声。

 そのまま俺は、アオイさんに運ばれるような感じでゆっくり歩き始めた。回りでは、部隊の皆が黒の連中をひっくり返したり何だりしている。俺も、何かしなくちゃ、ダメなのに。


「あいつらは慣れているから、任せていい」


 なのにアオイさんはそんなふうに言って、俺をそのまま広場から連れ出した。そのまま、宿舎まで戻るみたいだ。

 まるで他人事を言ってるように思えるかもしれない。実際のところ、俺は何というか、その、現実見てるんだか夢見てるんだか分からなくなってきてる。

 でも、俺がざくざくとやったのは、紛れも無く事実だけど。




 それからしばらく、無言のまま2人でとぼとぼと歩いていた。宿舎の明かりが見えるかな、ってところまで来たとこで、アオイさんが口を開いた。


「グレンは、何か言った?」


 グレンさんが。

 ああ、そういえば、言われたな。


「慣れろとは言わないが忘れるな、と」

「そうね。それでいい」


 答えると、アオイさんは小さく頷いて、それから言葉を続けた。俺に言い聞かせるように……と言うよりは何だろう、自分で再確認するみたいに。


「あなたは魔術師だから、殺しも普通は手に感触が残らない。でも、あなたは最初の感覚が残ってしまった」


 ……そっか。

 魔術師は普通、魔術で敵と戦う。剣振るったり槍で突いたり、ってことはあんまりしない。武器を持たずに、魔術を投げたり飛ばしたりして敵を殺す。

 だから、魔術師の手には普通、人の死の感触は届かないし、残らない。

 だけど俺は、短刀でぶすぶすとやってしまったから、血の色もあのなんとも言えない感触も、まだ残ってる。もしかしたら、一生。


「それは、忘れないこと。こういう部隊にいる以上当たり前に起きることなんだけど、それを当たり前に思いすぎてしまったら終わりだから」


 その感触を、アオイさんは忘れるなという。グレンさんも。

 傭兵部隊にいるんだから、いつかは人を殺すことになるって分かってたはずなんだけどな。

 でも、やっちまった以上、忘れるなってことか。人殺しが当たり前になってしまったらそれは……兵士じゃなくて、ただの殺人者、だから。


「今後はもう、どんどん数が増えていくと思う。私たちも、いちいち気にしてはいられない。分かってね」

「………………はい」


 1人殺しただけでこれじゃ、今後俺は仕事していけるんだろうかなんて思ってる暇もないのかもしれない。今、カイルさんたちはガチで戦場に行ってるわけだし。

 せめて、カイルさんたちが帰ってくるまでは頑張らないと。ああくそ、俺ほんと、平和な世界に住んでたんだなあ。こっちはこれが、当然とは言わないまでも身近な世界なんだよな。


「タケダくん」

『……なーに?』

「あなたのママと、一緒にいてあげてね。ママ、ちょっと疲れちゃったみたいだから」

『もちろん! ぼくのままだもん!』


 と同時に、こうやって頬をすり寄せてくれる小さな蛇がいてくれる世界でも、あるんだけど。

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