82.交渉
「光の標」
辿り着いたのは、やっぱりいつもの修行場だった。せせこましい街中にあってこんな広場が存在するのって変だなあ、とは思ってたけどまあ、緑は必要なんだろうな。色んな意味で。暗いし、どうせ誰かついてきてるらしいんで遠慮することなく、明かりをつけた。光の標って、そういえばあの夜ラセンさんが使ってたっけな。
と、肩の上でタケダくんがひょこひょこと周囲を見渡してから、おねだりしてきた。
『まま、まりょくちょーだい』
「何かいるのか」
視線だけで確認してみるけど、さすがに暗いからなあ。光の標って、全体的に照らすような魔術じゃねえし。何となく、何かいるっぽいってのは分かるんだけど。
で、グレンさんはさすがに場数踏んでるだけあって気配もはっきり分かるみたいだ。
「囲まれてんな。そりゃ、イコンの話してりゃ出てくっだろ。……俺たちの素性分かってれば、そうでなくても来るけどな」
「面倒くさいですねー」
ノゾムくんも、うんざり顔の模様。いや、暗くて見えにくいから。
でもまあ、そういうことか。やれやれと思いつつ、タケダくんに魔力をちょっと多めにプレゼントする。俺自身の魔力は無駄に多いから、ちょっとくらいは融通聞くんだよね。
途端、周囲に湧き上がる何かいやーな気配。と言うよりは分かりやすく、黒フードマント着用の皆さんだった。何だ、その黒フードスタイルはお前さんたちの制服なのか。
んで、向こうも暗いと見えないらしくて、各自明かり出して来た。えーと、都合10人くらいのようだ。ノゾムくんの言葉じゃないけど、めんどくさそう。
「おう、出てきたか。やるか?」
「待て。我らは交渉に来たのだ」
「あん?」
やる気満々なグレンさんだったんだけど、黒ずくめの1人から出てきた台詞にカクンと膝が砕けかけた。ノゾムくんはというと、めっちゃ警戒してる。そりゃまあ、そうだけど。
で、交渉に来たと言った黒ずくめは包囲してる中から一歩こちらに踏み出してきた。フード被ったままなんで顔見えないけど、身長結構高めだな。マントの上からでも何となくわかるけれど、ひょろっとした感じの体格だった。
「そうだ。交渉が成立すれば、我らはこの街に手を出すことはない。話を聞け」
「条件は何だよ?」
「その魔術師の娘をこちらに渡してくれれば、我々は撤退する」
警戒心バリバリのグレンさんに対し、黒ずくめは低いおどろおどろしい声でそう言ってきた。途端、グレンさんとノゾムくんの視線が俺に集中する。
そりゃまあ、ここにいる魔術師の娘って俺だろうけどさ。言うまでもなく。
てめえら、一体何が目的だっていいたいところだけど……あれだろうかねえ。例のエロ展開。うわ、冗談じゃねえや。まさか受け入れたりしねえよな? グレンさん。
「飲むと思ってんのか」
一瞬息を呑んだけど、グレンさんはきっぱりそう言ってくれた。あ、ほっとした。
ノゾムくんが俺をかばうように、前に立つ。囲まれてるからあんまり意味ないんだけどな、でもありがとよ。
「交渉決裂の場合、我らはその娘を生死にかかわらず連れて帰るよう命じられている」
「やり方がゲスいんだよなあ。そもそもよその世界から引っ張ってきただけでもふざけんな、ってえのによ」
「ジョウさんの気持ち、完全に無視してますよね。そんなわけで、さっさと帰っていただけますか」
当事者の俺を差し置いて、交渉以前の口喧嘩が何か続いてる。いや、俺も言いたいことはあるんだけどさ、先にグレンさんやノゾムくんが言ってくれるから。
でも、そのうち黒フードはさすがにというか、俺自身に話を振ってきた。曰く。
「魔術師の娘よ。我らについてくれば、元の世界に戻してやろうぞ。どうだ?」
「は?」
元の世界に、戻してやろう。
『まま!』
「ジョウ!」
「ジョウさんっ!」
うん、一瞬ぐらついたのは事実だ。
だけど……元の世界に戻すっつってもその前にこう、いろいろとやるつもりだろ。そのつもりでこいつらは、俺をこっちの世界に引きずり込むときに女の身体にしたわけだから。
向こうの世界での最後は、階段を落っこちてって、頭と背中を思い切り打って痛くて、目の前が真っ暗になった瞬間。その時に俺から流れたであろう血が、着てた服に残ってた。洗っても洗っても結局は取れなくて、タンスの奥にしまってある。
「……答えようか」
それに……神のお下がりだっけ、そういう人たちが存在してるわけで。カイルさんたちの部隊は、俺がそうなる前に助けてくれたんだ。こいつらのせいで、変なことになる前に。
つまり、こいつらの言う条件は飲むに値しない。そう、俺は結論づけた。帰れるなら帰りたい、ってのも嘘じゃないけれど、でもこいつらに従っては帰りたく、ない、な。
「俺を元の世界に返す? そんな気があれば、そもそもこんな真似してこねえだろ。冗談じゃねえや、お断りだ」
「……交渉決裂だな」
そういうことで、会話はきっぱり終了。ここからは、力勝負ってことになるか。でもその前に。
「タケダくん、上空に一発打ち上げてくれ」
『はーい』
グレンさんの言葉に、タケダくんは楽しそうに真上にビーム……というか、花火を一発打ち上げた。あ、いや、信号弾みたいなもんだけどな。
ホント打ち上げ花火みたいに、上空でぱあんと光が広がる。その破裂音を合図に、グレンさんとノゾムくんは剣を鞘から抜き放った。
俺も、魔力を手のひらに貯める。こんな奴らに、好き勝手されてたまるか!




