81.穏健派と過激派
しばらくしたら、シンゴさんが出てきた。どうやらお客さんは、無事スイートルームに入ったようだ。……お金持ちなんだなあ、と思って聞いてみる。
「今のお客さん、お金持ちなんですね」
「そうね。うふふ、お嬢ちゃん腰抜けそうになったでしょ。あの方、眼力あるもんねえ」
「うぐ」
バレてるし。というか、つまりは他にもそうなった人とかいるんだ。思わずグレンさんたちに視線向けてみると、肩すくめられた。ノゾムくんなんかちょっと耳赤いけど、もしかして。
「やあねえ。お国でならともかく、ここではむやみにエロ視線振りまかないでねってお願いしてるのに。んもう、妬けちゃうわあ」
「国元でならいいのかよ」
思わずグレンさんがツッコミ入れたのも、まあ納得というか。自分とこの国で男女構わず腰抜かさせまくってたら、えらいことになってんじゃねえだろうか。うわ、怖え。背筋がゾクリとした。
と、シンゴさんがちょいちょいと手招きしてきた。俺含めて3人が近寄ると、シンゴさんは声を落として教えてくれる。
「ここだけの話だけどあの旦那、イコンの領主さんよ。山奥だけど特産品の輸出で儲けてるらしくてね、年1くらいで出てくるわ」
「イコンの?」
「あー。山奥でしか取れない香りのいいキノコとか、質のいい木材とかあと獣肉な。なるほど、噂だけは聞いたことあるぜ」
ありゃ。意外……でもないけど、いきなり変なところで名前聞いたな。でもまあ、山奥で引きこもってても生活はできるだろうけど大変なんだろうしな。外と貿易するのは当然っちゃ当然か。つか、香りのいいキノコって松茸みたいなもんか? こっちでもそういうの、需要あるんかね。
ま、それはともかくとして。
「ええ。今回は……10日ばかり前に到着なさって、それから商談でお忙しかったようよ」
「そうなんですか。……タケダくん、どんな感じ?」
『えっとね。くろだけど、あんまりこわくない』
ひらひらと身体を揺らしながら、タケダくんはそう答えてくれた。そっか、あんまり怖くないのか。
あんまりってのは、穏健派でも黒だとちょっと怖い、らしい。ラセンさんとこのカンダくんが、そういう反応したことがあるらしいんだよね。
「あんまり怖くない、そうです」
「そか。タケダくんが怖くないんなら、とりあえず大丈夫かもな。店長、大事なお客さんに失礼したな」
「いえいえ。グレンちゃんたちはそれがお仕事ですもの、アタシも大事なお客様が大丈夫で良かったわあ。ま、違う意味で悪い人、だけどね」
シンゴさんの、グレンさんに対する答えにちょっと驚いた。そっか、そういう解釈もあるんだな。なるほど。
違う意味でってあれか、さっきの腰抜けそうになったエロ視線とかか。でもあれも、タケダくん反応しなかったもんなあ。てことは魔力じゃなくて、ガチであのおっさんの魅力か。すげえ。
「でも、たいちょ」
「ノゾムー」
ノゾムくんが何か言うより先に、グレンさんがニッコリ笑いつつ彼の名を呼んだ。あれ、今は何も言うんじゃねえって顔してるな、グレンさん。
「は、はいっ」
「ちょっと時間食っちまったな。ジョウも行くぞ」
「あ、はい」
反射的に頷く。どうやらグレンさん、ここ離れたいみたいだ。早く帰りたいのか、それとも。
まあ、それに乗ることにしよう。どっちみち1人じゃ帰れないだろうし。何か、色んな意味で。
「シンゴさん、皆さんもお仕事がんばってくださいねー」
「あなたたちもねー。それとノゾムちゃん、言わないほうがいいこともあるのよ、気をつけてねん」
「は、はい」
ひらひらと手を振るシンゴさんに見送られる形で、俺たちはその場を後にした。さりげに釘を差されたノゾムくんは、ちょっと困った顔になってるな。
大通りから裏に一筋入ると、がくんと人通りは減る。その裏道を歩きながらグレンさんは、視線を向けないままノゾムくんに注意を促していた。
「あんまり、隊長たちの動きを外で口にするもんじゃねえ。イコンの領主自体は大丈夫でも、取り巻きに何かいたらコトだ」
「はっ」
「どうせ、隊長たちがあっち向かってるのにそっちから来た客を受け入れて大丈夫かって言いかけたんだろ。俺たちは知ってても客人は知らないことを、わざわざ触れ回ることはねえ」
外から来た人には、カイルさんたちが砦に向かっていることを知らせる必要はない。理由も意味もないからだ。それがある連中はつまり、傭兵部隊の動きを知りたい連中ってことだ。
そう言われてることに気がついて、ノゾムくんははっとしたみたいだ。いや、俺もラセンさんとか白黒コンビとかに裏の読み方ちょっと教わったくらいだから、そうでなきゃ気がつかなかったと思うけど。
「き、気をつけます」
「おう、気をつけてくれ。『兎の舞踊』の店主殿も、同じこと言ってたろ」
ノゾムくんが慌てて頭を下げると、グレンさんは楽しそうに目を細めた。
「ありゃな、経験から来るもんだ。ヤバゲな話は、ああいう人が入り乱れてるとこでするもんじゃねえぞ。ジョウもな、気をつけろよ」
「分かりました」
「はい」
「しゃあ」
なるほどなあ。シンゴさんも、いろいろ乗り越えてきたんだろうなあ。つか、タケダくんまで返事するのかよ。
でも、何か引っかかるんだよな。別に、イコンの人が来てもおかしくない街だし、だけどこの時期って……あ。
「あのー」
「ん?」
念のため、声を落とす。それでも人通りの少なくなった道ではそれなりに届くので、グレンさんは俺の方を振り返ってくれた。
「そもそも、カイルさんたちが向かった砦ってユウゼとイコンの間にあるんでしたよね。あの領主さん、どうやって通ってきたんでしょうか」
「そうだな」
俺の指摘、拙いものだと思うけどグレンさんはうんと頷いた。それから、少し考えてから言葉を続ける。
「砦占領してるのは過激派だ。10日前にユウゼについたとしても、砦通ったのは2週間前頃になるから、すでに過激派がいたはずだな。穏健派を素通しするとは思えんな」
「それに、砦を通り抜けた後多分、コーリマの軍と行き会ってるはずですよね……まあ、そっちは穏健派なら通すと思いますが」
グレンさんの指摘と、ノゾムくんの言葉。あーうん、何か引っかかるよね。というか、分かりやすく引っかかるようになってないか、これ。
「……ジョウ、ノゾム。こっちだ」
「え」
「はい」
グレンさんが、1本の道を指差す。あ、これ、修行してる広場に向かう道だ。
何かさっきからタケダくんが緊張してるし、ひとのいないところでやろうってか。




