73.外は更にドタバタ
とりあえずは1週間ほど、ゆっくり休養を取らせてもらった。部屋でのんびり過ごし、ラセンさんに読み書きを教わり、何でかひょこひょこ顔を出すようになったアオイさんととりとめもない会話を交わし、マリカさんに食事を持ってきてもらって一緒に食べる。あれ、三食昼寝付きって結構良いご身分じゃね? 自分。
「療養中なんだから当然でしょ? ねータケダくん、早くママといっしょにお外行きたいよねー」
『うんっ。ぼく、ままといっしょにおそといきたーい』
今日の晩ご飯を一緒に食べながら、マリカさんはタケダくんと顔を見合わせて同時に首を傾げた。ええい、何やってんだあんたら。
声が聴こえないはずなのにマリカさん、ものすごくタケダくんと息が合うようになったよなあ。というか、タケダくんのご飯も持ってきてくれてるんで餌付けされたというべきかね、これは。
にしても、今日はラセンさんもアオイさんも顔見てないんだよな。……お仕事、かな。
「マリカさん。ラセンさんやアオイさん、今日来てないんだけど仕事か?」
「ああ。あの、黒の信者がこの近くの砦を占領したらしくて」
「は?」
おいおいおいおい。
何かいきなり活発になっていませんか、黒の信者。ってーか、分かりやすい軍事行動って珍しいんじゃねえか?
「いや、砦ってあれだろ。軍が詰めてて、ちゃんとした守りしてて」
「ええ。コーリマの領地の外れだから、コーリマ軍が詰めてたわよ。だから多分、内部から手引きがあったんでしょうね」
「やっぱりかー」
頭いてー。いや、実際にじゃなくて。
というか、いきなりやる気出してるよな。一体何があったんだろう。
「というか、そういうことあったんですか? 俺が来る前とか」
「最近はなかったわね。数十年前は盛んだったみたいだけど、ゴート王が我が軍の力を知らしめる絶好の機会だーとか何とかいって片っ端から叩き潰したから」
どんだけ脳筋なんだよ、コーリマの王様は! んでもって、その血を分かりやすく引いてるのかよ、王姫様って。
「じゃあ、今回もそうするんですかね」
「それが、意外と王姫様はそこら辺慎重派でね。場所的にコーリマ王都からは遠いし、逆にイコンに近いのであまり刺激したくないんじゃないかしら」
「あ、そっちなんだ」
イコン。西の山の向こうにあるらしい、黒の穏健派の国。あーまあ、過激派とはいえ黒の信者を目の前で叩き潰されたらコトかねえ。
だったら何で、そんなところにある砦に軍を置いてたんだって思うけど……ま、それは国境警備とかいろいろ……って、やっぱりちゃんと潰さないとダメじゃね?
「まあそうなんだけど。グンジ男爵にエチゴ子爵、貴族を2つも潰したばかりでしょう。国内のゴタゴタがまだ収まってないようなの」
「そっちのほうが忙しいってことですか。まあ、国治めてんだから当たり前かあ」
「そういうこと。それで、隊長はそういうことなら協力もやぶさかじゃないって」
「……ユウゼも危ない、ってことですか」
「流通の拠点だもの。お金も物も向こうからやってくるわ」
金と物、超重要。金がなければ武器も何も買えないし、そもそも物がなければ何もできない。食料がなければ食事ができないし、魔術道具がなければ魔術師だって大した魔術を行使できないし。
あ、でも武器は砦にあるはずだよな。コーリマの軍が入ってたんだから。じゃあ、装備だけは一人前のもんを使えるってわけか。
「……コーリマの装備を使ってユウゼを占領して、そっから近場をどんどん占領していくって感じですかね」
「可能性はあるわね。少なくとも前半はそのとおりだろうって、これは皆の意見が一致してるわ」
さすが本職。そういうことはもう、俺が考えるまでもなかったってことか。
しかしそうすると、ラセンさんやアオイさんが俺んとこに来なかった、じゃねえ、来る暇もなかった理由がよく分かる。黒の信者が武装してユウゼに攻め込む可能性があるから、迎え撃つなりこっちから打って出るなりしないといけないってことだ。
俺たちの部隊がこの街にいるのは、この街を守るためなんだから。
「……明日から俺も、出ます」
「え?」
『まま?』
マリカさんとタケダくん、同じ顔して俺をガン見しないでくれるか。さすがに1人だけ、何も知らずに部屋で閉じこもってるわけにはいかないじゃねえか。
怖い、けど。
「戦いには出られないかもしれないけど、バックアップなら多分、いけると思います。ラセンさんに、負担かけるわけにゃいかないし」
「そ、そりゃそうしてくれればこっちも助かる、けど。でも」
「俺、ここの人たちに助けてもらったんです。助けてもらったから、こうやっていられるんだ」
あのクソ馬鹿野郎の言うとおりにならずに。ああこんちくしょう、まだ胸の奥が重いよ。
だけど、あんな奴のあんな言葉真に受けてひっくり返って、なんて情けねえ。巡りの物が終わった分、何となく気は楽になってんだよ。あれか、向こうでいうところのホルモンバランスとか何とかか。
だから俺は、マリカさんにお願いした。
「お願いします。無茶しそうだったら、皆で言ってください」
「十分無茶しそうなのよね……ま、いいか」
しばらく呆れ顔をしてたマリカさんは、諦めたように大きくため息をついた。それから、俺の顔を至近距離で覗き込んできて一言。
「とりあえず、下でご飯食べられるかどうか確認してからよ」
「は、はいっ」
『まま、こわかったらぼくがいるからね』
よし、明日から頑張らなくっちゃ。あと、タケダくん。お前本当に可愛いなあ、ありがとなあ。
俺、お前がいるから頑張れるのかもなあ。うん。




