72.悪寒を消すには
「………………あー」
気が付いたら、自分の部屋だった。ベッドに横になってるから、視界に入るのは天井くらいのもん。
なんてーか、頭が重い。後、胸の奥にズンと来る何かがある。巡りの物とか、そのへんに関係ない重さ。
『まま、だいじょぶ?』
何か恐る恐る、という感じのタケダくんの声に、ゆっくり寝返りを打ってみる。ああ、枕元で小さなとぐろ巻いてじっとこっち見てるよ。……いや、見ててくれたんだな。
「おう、大丈夫だ。心配かけて、ごめんな?」
『ううん。あいつがわるいのに、ぼくまままもれなくて、ごめんね』
ああもう、何でこいつはこんなに健気なんだよ、こんちくしょう。俺が奴の、しょうもないセリフに耐えられなかっただけの話じゃねえか。
……しょうもないセリフ、か。
『貴方様が大人しく汚されておられれば、我らが神は貴方様を花嫁としてこの世界をその手につかむことができましたものを』
ぞくり、とした。
俺はカイルさんたちの部隊に助けてもらったおかげで何もされてなくて、だからこうやってこの部隊にいられる。
だけどもし、カイルさんたちが来てくれなければ俺は、奴の言うとおりにされて、それで。
「……っ!」
『まま!?』
あ、駄目だ駄目だ。変に思い起こすだけで胸の中の重さが反応しやがる。ああくそ、たかが言葉じゃねえか。それに、起きなかったことだぞ。
それなのに、気持ち悪い。ぞっとする。背筋がぞくぞくして、布団かぶってるのに寒くて。
黒の信者どもめ、ちくしょう、お前らのせいだ。お前らのせいで、こんな、寒くて……。
「ジョウさん? 大丈夫ですか?」
その寒さが、ふっと和らいだ。声はマリカさんのもので、気が付かなかったけど扉を開けて入ってきてくれたみたいだ。俺の様子を見に。
少し視線をずらすと、ああ、見えた。トレイにマグカップ乗せてきてる。湯気が立ってるから、暖かいものが入ってるんだ。
「マリカさん……正直言うと、あんま大丈夫じゃないぽい……」
「でしょうね。しばらく休んで構わないから、って隊長が言ってたわよ。あ、クリームスープ、よかったら飲んでね」
ことん、と音がして、サイドテーブルにマグカップが置かれた。そっか、クリームスープか、ありがたいなあ。寒かった、し。
ゆっくり身体を起こしたら、スープの匂いでお腹がぐう、となった。とりあえず、身体は無事らしい。この状態で飯食えって言われてもちょっと無理だけど、スープなら大丈夫だよな。
「いくら何でも、あれはないわよねえ。皆怒ってたわよ」
ちびり、と口にしたところでマリカさんが、ため息混じりにそんなことを言ってきた。え、そうだったんだろうか?
「……あのセリフの後覚えてないんですけど、そうだったんですか?」
「ええ。何しろ隊長が怒ってらしたから」
「怒るんだ、カイルさん」
いや、ちょっと驚いたというか。あの人結構温厚だし、戦う時も割と平然とした顔でやりそうなもんで。
まあ、そういう人ほど怒った時ってめちゃくちゃ怖えんだけどさ。
というか、まだ部隊に入ってそんなに経ってない、俺のために怒ってくれたんだ。ごめんなさい、ありがとう……って、ちゃんと言わなくちゃな。カイルさんはきっと、部下のために怒るのは当たり前とか何とか言いそうだけどさ。
そんなこと考えてたら、マリカさんが俺の顔見てふふっと笑った。俺、一体どんな顔してたんだろうな、今。
「ま、隊長が最大級の嫌がらせをやってくれたから、それでちょっとは気を晴らしてね」
「最大級の、嫌がらせ?」
「そう。隊長、あいつの額に太陽神様のお守りのメダルくっつけてそのまんま牢に叩き込んだの」
そんなことを言われて、少しだけ考えてみる。
敵対してた神様のお守りをもらって、捨てることもできないまま、地下牢にぽい。多分、拘束もされてるだろう。
さあこの神様がアナタを見守っていますよ、なんて言われたら……わあ。
何やってるんだ、カイルさん。そのじめじめじわじわした感触のやり方は。
「……確かに、黒の信者には嫌がらせですね。それ」
「めったにやらないんだけどね。よほど頭にきたのね、隊長」
あはは、と本当に楽しそうにマリカさんは笑う。黒の過激派とはいえ、嫌がらせぶっこいて笑えるってのはなんだろうなあ。穏健派の人にまで、そんなことしたりしてないだろうな。
ま、これはつい最近まで別の世界で、そういう問題のないところで生きてきた俺だからそう考えてしまうのかもしれないけれど。この世界は、そういう世界なんだから。
いや、割り切れりゃいいんだけどそうもいかねえし。とは言え、俺がこっちの世界に来て女になってるのは黒の過激派のせいなんで、その点では恨むしいい気味だって思うわけなんだけど。
「ま、そういうことだから。と言っても、そう簡単に気が晴れるもんじゃないでしょうし、男が近づくとフラッシュバック起こすかもしれないから、しばらくは私とラセンさん、副隊長が交互に面倒見るようにって。これも隊長から」
そんな風にマリカさんが教えてくれて、少し驚いた。カイルさんは、俺の中身が男だってこと知ってるのにさ。それでもフラッシュバックって起きるもんかね……と思った瞬間、またぞくっとした。ぶるりと身体が震える。
これか。……こりゃ、多分しばらく無理だな。素直に、お世話になろう。
『まま、ぶるぶる? さむい?』
「ん、大丈夫だ。スープも暖かいし、大丈夫だよ」
あ、タケダくんは性別ないっぽいし例外。うちの子だし。大丈夫だって頭なでてやると、素直に目を細めた。こんな子に気ぃ使わせて、こんちくしょうあのド変態のせいだ。平気になってまだ奴が生きてたら耳栓してしばく。
それにしても。
「にしても、カイルさん、気い使いなんですね……」
「そういう人だから、私たちはついていくのよね」
呆れたように口にすると、マリカさんも同じように答えた。あ、やっぱり昔からか、これ。ああ、よく分かった。
というか、気の使いすぎだろあの隊長。そういうのは得意そうな部下に任せた方がいいんじゃねえのか、過労でひっくり返っても知らねえぞ?




