71.四面楚歌
カサイ・ラセン視点です。
一瞬、室内はしんと静まり返った。そりゃそうだわ、まさか黒の信者とはいえこんなところでそんな発言するとは思わなかったもの。
でも、静かだったのは本当に一瞬だけ。次の瞬間、当然のように私たちは動いた。
「サンジュ!」
奴の名前を呼ぶのと同時に、ムラクモさんがその男の急所を蹴り飛ばす。勢い余って壁にぶつかったけれど、どうして壁を破るくらいの勢いで蹴ってくれなかったのかしら。まあ、簡単に死なせる気はないんだけれどね。
その間に私とアオイ副隊長は、ジョウさんをぐいと後ろに引っ張った。全身をこわばらせて、笑うと可愛らしい顔も真っ青で。
で、ジョウさんと奴の間にはタクトとグレンさんが滑るように入り込み、壁になってくれた。2人とも、腰の剣に手をかけている。他の連中はある程度距離を置き、奴を包囲した。ああ、壁を破らなかったのは包囲しやすくするためね、きっと。
「何言ったんですか、あなたは」
「そんなだから、てめえらは潰されるんだよ」
あ、師弟コンビが珍しく一緒に怒ってる。まあ、ジョウさんがこの部隊に来てからこっち、彼女は皆に好かれてきてるけれどね。まだまだこちらの常識には疎いところもあるけれど、悪い子じゃないもの。
基本的に傭兵部隊はほとんどが男だし、女も私とかアオイ副隊長とかマリカとか擦れてる連中ばかりだし。そんなところに考えようによっては純粋無垢……と言って良いのかしらね、そういうジョウさんがやってきたんだから。
その彼女に、はしたないというか下衆というかとんでもない言葉を……例え事実だろうとしても吐いてくれたこの男には、存分にお仕置きをして差し上げないと気がすまないというもの。
ほら、彼女のことを一番思っているだろうあの子が、グレンさんの肩に飛び乗ったわ。気がついたのか顔を上げた奴の目の前に、グレンさんが仁王立ちになって、その肩の上に。
「しゃああああああっ!」
「ひ、ひいいいいいっ!?」
「特にてめえ、白蛇怒らせてそれで済むと思うなよ?」
ばさり、とまだ小さな翼を最大限に広げ、タケダくんが息を吐きながら威嚇する。
白い伝書蛇は太陽神の使い、それだけでも黒の信者である奴には恐怖であるはずよね。というか、魔力充填120パーセントってレベルじゃないの。いつ灰になって消し去られてもおかしくないわね。
「カンダくん。何て?」
『はい。ジョウ様に何を言うんだ、許すまじ、だそうです』
「そうよねー」
ジョウさんはアオイ副隊長に預けてあるから、私とカンダくんの会話が漏れることはない。とはいえ、彼女に声が聞こえているならその言葉も届いているだろう。
……そういえば、コクヨウさんやハクヨウさんが動いていないわね、と思ってちらりと視線を巡らせる。ああ、入り口封鎖中ね。さすがに大丈夫だとは思うけど、念のため。
さて。我が部隊で一番怒らせてはいけない人がいる。すぐ分かるかもしれないけれど、隊長であるタチバナ・カイルその人だ。普段が温厚で気遣いもできて、よく知らない人からすれば何故傭兵部隊の長などをやっているのだろう、と思われるような人なのだけど。
その分、怒らせると怖い。私もほとんど見たことはないけれど、それだけに怖い。
「貴様。彼女に何を言った」
怒りに任せて暴れるんじゃなくて、普段から低めの落ち着いた声がもっと低く、地の底から出てくるように重くなる。すい、とグレンさんが横に避けるのが当然のように、隊長は奴の目の前に立った。
「貴様に我が部下をどうこうする権利などない。永遠に黙りたいなら、今すぐそうしてもいいが」
「むぐ、ぐ、っ」
黙るも何も、口の中に適当な布突っ込まれては何もしゃべれませんよ、隊長。
というか、今その布口に突っ込んだ手、おそらく隣りにいるグレンにも見えなかっただろう。何しろ奴がうめいた直後、その奴と隊長を見比べていたから。
そうして隊長は、何かを奴の首にかけた。それから、こちらを振り返った時にはもう、いつもどおりの隊長に戻っている。少なくとも、外見上は。
「んぐぐ、んふううっ!?」
妙にジタバタもがいている奴の両手首、そして両足首が光の輪でひとまとめにされていた。私でもないが、もちろんジョウさんでもない。この部隊にはもう1人、正式ではないが魔術師としての力を持つ者がいるので、彼の仕業だろう。
「ああ、それはただの嫌がらせだ、安心しろ。ムラクモ」
「地下牢の最奥部に叩き込んでおく。これはこのままで」
「そうしてくれ」
ムラクモさんが隊長の言葉に頷き、もがき続ける奴のやっぱり急所にもう一撃食らわせて昏倒させた。そろそろ、生殖能力が消滅しているのではないだろうか。よくやった。
そうして、ぴくりともしなくなったそれをグレンさんが担ぎあげる。その肩からぱたぱたと音がして、タケダくんが主のもとへ戻った。まあ、主に暴言を吐いた輩のそばには長くいたくないわよね。
「ラセン、マリカ。すまんが手伝ってくれ」
「あ、はい」
「どうしたんですかー?」
不意にアオイ副隊長から名を呼ばれて、そちらを振り返る。彼女の腕の中で、ジョウさんがぐったりしていた。ああ、部屋の準備か。
「すまん、彼女を見てやってくれ。私はどうしてもな」
「不器用なのは存じておりますから、ご心配なく。そのまま部屋まで運んであげてくださいな」
「あ、お湯準備してきますね」
とは言え私はそれほど筋力があるわけでもないので、彼女は副隊長にお任せする。部屋で寝かせてくれれば、後は何とかなるだろう。マリカも準備に走っていったし。
「しゃあ?」
『大丈夫です、タケダくん。ジョウ様は少しお休みになれば、大丈夫ですよ』
「……しゃ」
私の愛蛇も、かわいい弟分を慰めていることだし。
それにしても。
これだから、黒の過激派は嫌いよ。




