70.サンジュの意見
ムラクモはおろか、カイルさんやアオイさんまで全員やってきての包囲網、その真ん中で、サンジュさんは揉み手しながらへらへらと笑っていた。もちろん、ムラクモに対してである。
「おお、我が主。この生命がある間に再びお目にかかれて、私めは大変光栄にございます」
「いいからその顔を何とかしろ。というか、よく出てこられたな」
「は。セージュ殿下より文の言伝を預かりまして、首尾よく行けば私めを無罪放免にしていただけると」
半分怒り、半分呆れ顔のムラクモに対し、サンジュさんはえへらえへらしっぱなし。正直気持ち悪い……が、こういうやつだからこそ男爵の側近とかやってられたのかね。
「これ、無罪放免で大丈夫なのか?」
「ムラクモの横に置いとけばいいんじゃないかな?」
「何で私が」
白黒コンビの会話に、ムラクモが瞬間で反応してぎんと睨みつける。いやでも、それが一番安全っちゃ安全じゃねえかなあ、と俺も思うんだが。
「とは言っても、他に置き場所ないと思うぞ?」
「同感です」
ほら、グレンさんとタクトも同意見だろが。うげーってなるのは分かるけど、というかマジどうすんだよこの人。外に放り出すわけには行かないだろ。
まあそこら辺はともかくとして、だ。とりあえず、カイルさんが一歩踏み出した。
「それで、セージュ殿下より預かった文というのは」
「こちらでございます。タチバナ・カイル隊長に直接手渡せ、とのことでございました」
「……俺か。全く、飽きもせず何度も何度も」
サンジュさんの懐から恭しく差し出された封筒を、困った顔をして受け取るカイルさん。封を開けてざっと中身に目を通してから、サンジュさんに視線を戻した。
「殿下の事だ、返答を所望しているのではないか」
「肯定でなければ、戻ってこなくて良いとのことでした」
「分かった。では、お前の扱いはしばらく考えさせてもらう。自由に出歩かせる気はないがな」
「はい、承知しております」
あ、またスカウトの手紙かよもしかして。で、カイルさんはOKする気がないのでサンジュさんを戻せないってことか。……別に嫌でも、帰していいと思うんだけどな。その辺、カイルさんは甘いのかも。
結論として、サンジュさんは胴体にロープをぐるぐる巻きにされた状態で、しばらく食堂にいることになった。部屋、と言うか地下牢だと思うけど、準備が必要らしい。何の準備だろ。
なお、ロープの端はやっぱり、というかムラクモが持つはめに陥っていた。まあ、主だし仕方ないよねー。
「っていうか、サンジュさん? よく引き受けたね」
「我が主の元に戻れるということでしたので、ぜひにと承った次第にございます」
お茶を目の前に置いてやりながら、まあ一応普通に話をしてみる。いや、周囲で白黒赤トリオだのノゾムくんだのが睨みきかせてるし、大丈夫だと思うんだけど。
で、その中でアオイさんが、ムスッとした顔のまま一瞬だけムラクモに視線を向ける。何らかのアイコンタクトなんだろうね、ムラクモが頷いたのを見てアオイさんは口を開いた。
「聞いていいか?」
「ここにいる部隊の者は、私の同僚でありあるいは上司だ。彼らの言葉は、私の言葉と同じと思え」
「は。そういうことでございますれば、なんなりと」
ムラクモの言うことなら、この人は聞いてくれる。そのムラクモが命じたのは多分、嘘をつくな素直に答えろ、ってことだろうな。それでOKするサンジュさんも、ある意味すごいと思うけど。
で。
「何故お前は……というか、グンジ男爵は黒の信者に協力したんだ?」
アオイさんは、ズバリと本音をついてきた。まあ、黒の信者の多い地域生まれだからだろうってことだったけど、でもそれ状況証拠からの推測に過ぎないからなあ。
でも、サンジュさんの答えはその推測を補強するものだったんだけど。
「グンジ男爵様は、もともと生まれながらに黒の信者でございました。ですが、生まれ故郷の村では密やかに信仰されているだけで、布教活動は厳しく禁じられていた、と伺っております」
「布教すれば、それで過激派と見なされて討伐される可能性があるからだな」
うわ、大変だな穏健派の人。太陽神側が幅きかせまくってるこの世界では、生きるだけでも大変なんだ。
……何で、そこまで黒の神を嫌がるんだろ。いや、俺だってあれだ、黒の信者のせいでこんなことになってるけどさ。でも、ただ信仰してるだけの人までこう、討伐とかすることないだろ。
「しかし、男爵様はそれを良しとなさいませんでした。信ずるものが少ないがゆえに悪と見なされ、世界の多数を占める太陽神の信者によって排除されているのだと」
グンジ男爵が、そう考えるのも無理はねえだろ。少数派故にひどい目に会ってるんだって、思い込んでしまうのもさ。
でも、やり方とか考え方とかがちょっと問題だったのかも、知れないな。
「ですが、太陽神の信者を装ってのし上がり、商人としての才能を発揮され、やがて爵位を得るほどの地位にたどり着いた頃には男爵様の目的は、すっかりすり替わっておりました。『神のお下がり』を親しい貴族や商人に売り払い、それで得た金を黒の過激派に流すことで太陽神の信仰を叩き潰そう、と言うように」
そして、結局は過激派に同調しちまって、それで何の罪もない人に害を加えるようになってしまって……セージュ王姫様の鉄拳制裁を受けたわけだ。いや、鉄剣? まあ、んなことはどうでもいいけど。
「お前は止められなかったのか?」
「私もまた、違う村の出身ではございますがもともと黒の信者であります故」
アオイさんの問いに、サンジュさんはさっきまでとは違ういやーな感じの笑みを浮かべて答えた。あ、そもそも止める気がなかったのな。まさかとは思うけど、グンジ男爵煽ったのおっさんじゃねえだろうな、おい。
不意に、サンジュさんの顔が動いた。視線は……俺の顔に止まる。
何だ、こいつ。背筋が、ぞくぞくずる。
「貴方様が大人しく汚されておられれば、我らが神は貴方様を花嫁としてこの世界をその手につかむことができましたものを」




