68.外のドタバタ、内のひそひそ
月の半ばと、その後月が変わる頃になって、それぞれ話が流れてきた。
月の半ばには、グンジ男爵邸が『丁寧なお手入れ』を受け、当主と側近一同がぎったぎたに伸されたらしい。ついでに領地周辺の黒の信者がお掃除されたとか何とか。
月末にはエチゴ子爵邸が以下省略。いずれにしろ、狙われたお貴族様は私兵を出してきて抵抗したらしいんだが、王族の親衛隊は容赦なかったらしい。何しろ先頭に立ってヒャッハー……は言ってないと思うけどぎたんぎたんに2人の当主を叩きのめしたのが、かのセージュ王姫様だったんだそうで。
「何ですかそのパワフル王女様」
俺がその話を聞いてまず口に出たセリフがこれ。いやだって、王姫様の噂はよーく聞いてるけど実戦で先頭に立つとか、マジか。しかし、半年がどうとか言ってなかったか。1ヶ月もしないうちにさっさか潰したのか、行動早いなあ。
話を聞かせてくれたのは、こういうのが好きらしいコクヨウさんだった。今日は珍しく、タクトが一緒なんだよね。ハクヨウさんとグレンさん、見回りに出てるからかな。
「いや、最近でっかい戦ねえからな。王姫殿下って父親の国王陛下によく似ててな、こう血の気が多いというか」
「それでも、普通は王女様が先頭に立って討伐とかやりませんよ」
「ははは。戦闘能力まで父上似、らしいぜ?」
俺より先にタクトが突っ込むんで、自然とコクヨウさんの返事もそっち向きになる。
コーリマ王国の現国王、オウイン・ゴート王。まああれだ、力こそパワーだとか訳わからんレベルの脳筋らしい。いや、マジで脳筋だったら国王とかやってられないと思うんだが。
「ま、ゴート王も王姫様も、あのパワフルさでコーリマ治めてるようなもんだけどな。難しいところはちゃんと有能な部下に任せてるし、有能なのはあちこちからスカウトしてくるんだぜ」
「へえ」
……マジで脳筋かも知れん。いや、有能な部下チェックできるんだからそれなりに頭はあると思いたい。ちゃんとお仕事のできる人を見ぬいてスカウトできるんだから、さ。
と、コクヨウさんがちらりと周囲を視線だけで伺った。今はお昼ちょっと過ぎで、俺たちのいる食堂には他にほとんど人がいない。修行してたら昼飯の時間が遅くなったんだけどな。
でまあ、周囲を確認してからコクヨウさん、声を落とした。ひそひそ話ってやつ。
「あ、これ内緒な。実はな、若にもスカウト話来てるんだよ。若は嫌がってるけどな」
「嫌がってるんですか?」
「国出てくるときにちょっとあってなー」
「あー」
カイルさん本人は言わないんだけど、彼を若って呼ぶ2人とか他の人とかからちらほらと話は流れてきてる。もともとはコーリマ王国に住んでいて、何か事情があって国を出てきたんだって。白黒コンビやアオイさんは、その時に一緒についてきたらしい。ノゾムくんは、後からお姉さんを追っかけてきたんだとか。
しかしまあ、スカウト話来てるってことは、それなりに有能だとコーリマ王家に認められてる、と思っていいんだよな。カイルさん。
「……で、内緒なんですね?」
「おう。正直、話題に出されることすら嫌みたいだからな、若」
「分かりました。タクトもいいよな」
「もちろんです。隊長がお嫌なら、口にはしません」
俺も、そしてタクトもコクヨウさんに頷いた。うんまあ、嫌なら嫌でいいし。もし、もし本当はスカウト受けるつもりなんだったら、それはそれでいい。カイルさんなら、ちゃんと自分で言ってくれると思うから。
もぐ、と最後の一口を飲み込んでごちそうさま。食後のお茶を飲んでると、再びコクヨウさんが身を乗り出してきた。
「それはさておき。お前ら、これからちょい警戒しねえとダメだからな」
『え、何でですか』
あ、俺とタクト、セリフ被った。理由を説明してくれれば、何でそんなこと言ってきたのか分かるんだけどさ。
「ああ。グンジ男爵領、それからエチゴ子爵領の両方でごたごたが起きたわけだ。これ以上の面倒はゴメンだっつって、逃げ出してくる領民たちもいるわけよ。あと、双方の貴族の部下とかな」
「え。でも、普通は国内で別の領地に移動するものじゃないですか?」
「庶民はな。金持ちとかだと、外に出てくる場合もある」
タクトの疑問に、さらっと答えるコクヨウさん。はあ、なるほど。
まあ、国を移動するってのは旅行ならともかく、移住ってのは結構面倒なものらしい。ほら、税金とかいろいろあるから。だから、あんまり庶民の人たちは別の国に移住とかしないものらしい。王姫様が貴族潰したりするくらいならともかく、戦争が起きたりすると難民も出るみたいだけど、それはまた違う問題だし。
そこら辺の面倒を、金持ちは金でなんとかしちまうんだろうな。この場合の金持ちってあれだ、商人とか。……領主さんも、そんな感じでどこかから移住してきたんだろうか。その辺は俺、知らない。
「その混乱に乗じて、黒の信者が入ってくる可能性は十分にあるからな。マジで、気をつけとけよ」
「分かりました。……他の皆は」
「分かってるはずだ。お前さんたちは、まだまだ実戦経験浅いからな。一応教えとかねえと、大変だろ」
あう、やっぱり?
というか、俺はともかくタクトもかよ。俺がこっち来た時にはもう部隊の一員だったろうが。グレンさんにとっ捕まったの、最近なのかね。
とにかく、一応気をつけておこう。俺よりも他の皆のほうが、気がつくの早い気がするけどな。




