67.鍛冶屋は蛇に祈る
しばらくして、店の奥にある引き戸ががらりと開いた。板の戸の奥から出てきたのは、コクヨウさんたちと同じくらいの身長の……もう少し年食った灰色の髪のおっさんだった。同じなのは身長だけじゃなく、その身体つきってーかえらく筋肉質なんだよな。髪と同じ灰色の口ひげとあごひげで、ちょっと表情がわかりづらい。
右手に握ってる剣は、あー、コクヨウさんのだ。持ってきてくれたんだな。
「おお、コクヨウか。よく来たな、ハクヨウも剣の調子はどうだ」
「ええ、おかげさんで上々です。またそのうち見てもらいに来ますよ」
「そうじゃな。ほれ、コクヨウ。バランス見ろ」
「おう、ありがとよ親父さん」
コクヨウさんの言い方から、この人がマヒトさん、らしいと分かる。剣を受け取ったコクヨウさんは鞘を抜き、軽く振り回した。それから、小さく首を傾げる。
「ちょっと重心が先にずれてっか? 指1本くらい」
「やはりな。だいぶ使い込んでおるから、短くなってるんじゃろ。柄におもり入れるからよこせ」
「頼んます」
鞘にしまわれた剣は、再びマヒトさんの手に戻る。それを何度か振ってふむ、と顎に手を当てたマヒトさんは、それから全く別のことを言った。俺に向かって。
「彼女は何じゃ。ハクヨウの嫁か?」
「何でだ」
『何でですか』
乱暴な言い方はコクヨウさんで、そうでないのは俺とラセンさんとハクヨウさんが同時に突っ込んだもの。ってーか、知らない女が一緒にいるだけで何でそうなるんだ、おっさん。
俺たちの反応を受けて、マヒトさんは軽く首を傾けた。
「コクヨウにはハナビがおるからの。何、違うのか」
「あー、親父さんあんまり表出ねえからなあ。うちの新人魔術師」
コクヨウさんが、思い切り省略した形で俺を紹介する。うん、結局のところそうなるんだよな、俺。
……ところで、表に出てれば俺のことは知ってるってことか? そういや、ナオキさんは俺のこと知ってたみたいだしなあ。ラセンさんの弟子で傭兵部隊の新人魔術師、ってのは知られてるのか。
「ほう? ラセンがいるのにか?」
「私の弟子なんです」
「はい。ラセンさんの弟子の、スメラギ・ジョウです。よろしくお願いします」
「ふむ。マヒトじゃ、覚えておけ」
ラセンさんに話を振られたので、素直に挨拶してみる。で、マヒトさんはこの反応なので、分かりやすく気難しい職人気質の人みたいだ。多分、お仕事に余計な口挟まなきゃ大丈夫だと思う、うん。
ってか、俺基本的に縁ないよな?
『……ままー。ここ、あついよう』
「ん? あれ、タケダくんどうした? 暑いか?」
そんなことを考えると、もそ、と肩の上にタケダくんが乗ってきた。ぱたぱたと小さな翼を羽ばたかせているのは、自分をあおいでるってことか?
「む?」
よしよし、と頭をなでてやってると、何かマヒトさんが反応した。つかつかこっちに近寄ってきて、俺……ではなく、肩の上のタケダくんをガン見する。それから、やっとこ俺に視線を戻した。
「白蛇を連れておるのか、お前さん」
「あ、はい。何か縁がありまして」
「そうか。ちと、祈らせてもらえんか?」
「タケダくんにですか?」
唐突だな、おっさん。てーか、タケダくん自身もぽかんとしてるじゃねえか。いや、蛇って基本こういう顔だけど。
白黒コンビは何かあーあって顔してるし、ラセンさんは楽しそうに笑ってるしで説明してくれそうもないんだけど、どーすんだよと思ってたらマヒトさんが、きりっとした顔で説明してくれた。
「白い蛇は太陽の神の使い。太陽とは燃える神、炎にも通じる力じゃ。故にわしら鍛冶は、白い蛇を神棚に祀り日々精進を誓っておる」
「はあ」
ああ、そういう解釈なのか。確かに、炎がないと鍛冶屋さんってお仕事成り立たねえもんなあ。
しかし、色んな意味ですごいのな、タケダくん。まあ、祈ってもらうくらいならいいんじゃねえかな。
「だってさ、タケダくん。後でお水とご飯、ちゃんとあげるから」
『……はあい。やくそくだよ、まま』
暑いんだよな、ごめんなとなでてやってから、「暑いそうなので、少しだけなら」とマヒトさんにお願いした。「無論」と頷いてくれたおっさんは、……あーうんたっぷり5分は手を組んで祈ってた。だから暑いっつってるだろ、これで何も言わなかった日には時間単位で祈ってそうだ。
何とかお祈りと、本来の目的であるコクヨウさんの剣の調整も終わってさあ帰ろうか、という段になって。
「こいつを持って行くがいい」
マヒトさんが、短刀を俺に差し出してきた。黒いシンプルな鞘と柄で、普段持ち歩くにはあんま問題ない大きさだと思う。
「え? いいんですか? お金無いですけど」
「構わんよ。白い蛇に祈らせてもろうた、礼じゃ」
いいのかよ。マヒトさん、何かスッキリした顔してるけど。それに、タケダくんにお祈りさせてあげただけでこれって。何となくだけど、高いぞ、これ。
「いいじゃねえか。守り刀にもらっとけよ」
「そうだな。持っていて損はないだろう」
「これも何かのご縁でしょ? いいじゃない」
ええいあんたら、他人事だと思って気軽に言うな。とは言え、何か断っても空気とおっさんの機嫌悪くなりそうだし、確かに持っといて損はないか。俺、自分用の武器とかねえもんな。
「……ありがとうございます」
だから、ちょっと躊躇はしたけど、素直に受け取ることにした。ありがとう、マヒトさん。これが使われないことを祈っておいてくれ。




