66.街の鍛冶屋
落ち着いたところで、そろそろ宿舎に帰るかーなんて話になった。どうせなら皆で一緒に帰ったほうが楽しいし、上手く行けば昼飯もおごってもらえるかもしれないしな。
と思ったんだけど、その目論見はちょっとだけ先延ばしになりそうだ。コクヨウさんの、この一言で。
「そうだ。ジョウ、せっかくだからちょっと付き合え」
「どこにですか」
「鍛冶職人。うちの部隊が一括して世話になってるとこがあるんだよ」
あー。つまり武器作ってくれてる人か。いや、金属鎧とか盾とかも作ってるんだろうけど、うちのメンツ金属鎧つけてるところ見たことないからさ。もしかしたら持っていて、メンテとか頼んでいるのかもしれないけどな。
「鍛冶職人、ですか……」
「そうそう。お前さんは魔術師だからあんま縁がねえとこだけどよ、いっぺん顔くらい出してもいいんじゃねえかと思ってな。こないだ研ぎに出してた剣があるんで、取りに行くついでだけどよ」
なるほどなあ。コクヨウさんの言うことにも一理ある。縁がないからって全く知らない、ってのもな。俺にはなくても白黒コンビとか、他の皆には縁があるわけだし。
「分かりました。皆がお世話になってるんなら、一度ご挨拶しときたいですし」
「おー、話分かるー」
だから俺が頷いたら、コクヨウさんは嬉しそうに笑った。歯をむき出して笑うってのは変わりないのに、なんで獲物目の前にした時の笑顔って怖いんだろうな?
「ふたりきりで行かせるのは問題だな。俺も行こう」
「せっかくですから、私もご一緒しましょうねー」
「んだこらハク、ラセン。てめえら、俺がジョウに何かするとでも思ってるのか」
うんまあ、せっかく一緒にいるんだから一緒に行ってもいいとは思うんだけどさ。ふたりきりが問題、ってのはどうかと思う。コクヨウさんにはハナビさんがいるんだし。
あと、厳密に言うとふたりきり、じゃねえし。
『ままにはぼくがいるから、だいじょぶなのにー』
「しゃー」
「……カンダくん、何て言ってます?」
「タケダくんはまだ幼いから、心配だと」
「ですよねー」
ラセンさんが俺の師匠なら、カンダくんはタケダくんの師匠みたいなもんだ。伝書蛇として、魔術師の使い魔としていろいろ教わっている、らしい。いや、傍から見るとしゃーしゃー言ってるようにしか見えないんだもんな。
「ハナビ嬢の目の届かないところだと、コクヨウは他の女性にも声をかけたりするかもしれんからな」
「目が届かなくても耳は届くんだよ。何しろ友達多いし、あいつ」
ハクヨウさんとしては、コクヨウさんのお目付け役としてついていく、みたいな感じか。まあ、双子で性格がこう違うとどっちかがどっちかの面倒見る、とかなっちゃうしなあ。
一方、ラセンさんはというと。
「そうでなくとも、男女ペアで歩くだけで噂になりかねないのよねえ。ジョウさんは目立つし」
「それを言うなら、これでツーペアだろが」
「ハクヨウさんと私がいれば、少なくとも噂になるような組み合わせにはならないわよ?」
はっはっは。ハクヨウさん、そしてラセンさん自身の住民からの信頼を盾にしてやがる。確かにこの2人が一緒にいて歩いてりゃ、お目付け役とお目つけられ役だもんな、どう見ても。
でまあ、あっさり言い負かされたコクヨウさんを先頭に俺たちは、宿舎の近くの裏道までやってきた。なるほど、何だかんだでよく利用するから近いほうがいいってことか。
かんかん、きんきんと金属を叩く音が響いてる。分かりやすく鍛冶屋さんだな、うん。ちょい独特の匂いがするのはまあ、金属熱したり冷やしたりいろいろするからだろう。
「おーす。マヒトの親父さん、いるかい」
『まひとこうぼう』、と何とか俺でも読める字で書いてる看板をくぐり、入口入ってコクヨウさんが一声。と、金属叩く音がちょっと減って若い兄ちゃんが出てきた。金髪の短髪に、鉢巻巻いてる。汗落ちてくるんだろうな。
「あ、コクヨウさん。ハクヨウさんも、こんにちはー。カサイのお嬢さんは珍しいですね」
「ええ。今日はちょっと、案内したい人がいてね」
兄ちゃんが目を丸くしてるんで、ほんとにラセンさんが来るのは珍しいんだろう。というか、魔術師が、か。
店の中は少し広めになってて、ここでお客さんと話するんだろう。その奥はもう作業場で、ちょっと入っただけでむっと熱が風になってやってくる。まあ、ここから見える作業場は細かい手直しとか仕上げやってるだけみたい、だけど。赤く熱した鉄をかーんかーん、なんてシーンが全く見えないので、多分そうなんだろう。
んで、兄ちゃんが俺に視線を移した。一瞬だけ考えたみたいだけど、すぐに「ああ」と手を打つ。
「確か、新しい魔術師のお嬢さんですよね。いらっしゃい、ようこそマヒト工房に」
「ども。ジョウって呼んでください」
「ジョウさんですね。俺、マヒト師匠の弟子でナオキって言います。よろしく」
兄ちゃん改めナオキさんは、多分日焼けじゃない焼けた肌でにかっと笑って頭を下げてくれた。それから、コクヨウさんに向き直る。
「親父さんなら、呼んできますよ」
「おう、頼むわ。剣の研ぎ頼んでんだよ」
「あー、あれならできてますよ。ちょっと調整したいって言ってましたから、ちょうどいいや」
「マジか」
ナオキさんとコクヨウさん、さすがに会話が手馴れてるな。奥に引っ込むナオキさんを見送るコクヨウさんの背中を見て、何となくそんなことを思った。
そりゃま、俺がこの世界に来るずっと前からコクヨウさんは傭兵やってて、ここにお世話になってるんだものな。会話もやることも慣れてるよな。




