65.彼らの思惑
アスミさんたちを送り出して3日後。ラセンさんと一緒に魔術の修行をしてたところに、白黒コンビが顔を見せた。というか、離れたところで剣の訓練、という名目で楽しそうに暴れてたのを終わらせてこっちに来たんだけど。
で、ハクヨウさんの言うことには。
「サイジュもアスミも、無事到着したらしいよ。途中でアスミが、逃亡を図ったらしいがね」
「ありゃ。やっぱり」
まあ、飯食ってたっつーしなあ。逃げようと思ったら、王国に戻る前だろ。あの手の大国って、中に入ったら警備とかがっちりしてるはずだし。
でも、到着したってことは逃げられなかったんだ。残念でした。
「そんなことだろうと思ってたけど、逃がさないわよ。あの一行についてた魔術師、父の弟子だから」
「あ、そうだったんですか」
逃げられなかった理由は、ラセンさんが自慢気に教えてくれた。てか、あんたが力こぶ作ってどうするんだ。いやまあ、そうしたくなるのも分かる、かな。
ラセンさんのお父さんということはつまり、カサイ本家の先代さんってことだろう。そのお弟子さんで王国でお仕事してるってことは、ぶっちゃけるとトンデモレベルの魔術師だってことで。
だから、黒の魔術師であるアスミさんの護送についてきたんだろうさ。強いやつを抑えこむには、より強いやつ。……こういう世界って割と実力主義だから、力には力で対抗ってのはしょうがないんだよな。うん。
「だから、ジョウさんへのセリフだの何だのの証人にもなってくれるから安心してね」
「何を!?」
ちょっと待て。もしかしてエチゴ子爵のあの話んとき、そばにいたのかよ。気が付かなかったぞ。
『まま、きづかなかった? おともだち、いたよー』
「……伝書蛇連れてたのか。全然わかんなかった……」
こきっと首を傾げるタケダくんに、俺はとほほと肩を落とした。まあ、敵意があればタケダくんが教えてくれたはずだからいいんだけど。ラセンさんも知り合いみたいだし。
「というか、証人作ってどうするんですか」
「そりゃ、王姫様が子爵潰しに使うんだろ。エチゴ家って王国でも古株だから、潰す気なら周囲からがっつり固めねえと」
コクヨウさん、さっき剣振り回してる時と同じ笑顔で物騒なこと言うなよ。それとそのネタ、カイルさんから口止めされてなかったっけ?
「こんな話してたこと知ったら、カイルさんに怒られませんか?」
「あー、まあなあ。でも、俺やハクヨウ、グレン辺りは知ってる話だから」
「そうだな。若が口止めしたのは、俺たち以外の人間がいたからだろう?」
「でしょうね。ここには身内しかいませんから、大丈夫ですよ」
コクヨウさん、ハクヨウさん、ラセンさん。何でかものすごーく楽しそうな顔してますね、全員。もしかしなくても、潰れろエチゴ子爵家とか思ってるだろ。
「楽しそうですね、ラセンさん……」
「もちろんよ。古参の貴族だからって、あそこまであからさまに差別されちゃたまらないわ」
始めニコニコ、中ゴゴゴ。いや、ラセンさんの表情の変化。っていうか、あのハゲ親父が差別してたの、『異邦人』だけじゃないのか?
「あの。『異邦人』差別ってそんな怒ることなんですか。当事者の俺が言うのも何なんですけど」
「もともと、根っからの貴族ってこともあって平民への態度がいまいちなんだよな。最近は『異邦人』に対象がシフトしてるからアレなんだけど」
「何であれで、王都の警備部隊長やってるんだろうな。……王族や貴族は守り切るから、ある意味適任といえば適任なんだが」
あ、元からアレなおっさんだったか。それで、古くからいる貴族なんで潰しづらい、と。
で、国の外で俺に対しての酷い態度やら何やらを潰すためのネタにする、と。
……んー?
「つまり、俺って王姫様に利用された形になります?」
「あーまー、そうなるな。……すまん」
「悪かった。利用、したことになるな」
「そうね。ごめんなさい」
コクヨウさんが、最初に頭を下げた。ほぼ同時にハクヨウさんが、わずかに遅れてラセンさんも同じように頭を下げてくる。ああいや、別にいいんだけどさ。
しかし、そうすると何でだろう。ユウゼの街の傭兵部隊が、コーリマ王国の貴族を潰すのに加担するとか。
「いや、いいんですけど。でも、皆して潰したかったんですか?」
「俺たちはもともとコーリマの出身でね。ま、いろいろあって出てきたんだが」
言葉少なくだけど説明してくれたのは、ハクヨウさん。あー、つまり昔に何かあったわけか。それも、国の外に出てしまうくらいの。
「それで、コーリマの誰かさんの意図に乗ったわけですか」
「そういうことね。ほんと、ごめんね?」
「しゃあ」
ラセンさんの肩の上で、カンダくんもしょげている。いや、さすがに伝書蛇にまで頭下げられたら、なあ、うん。
「ほんと、もういいですよ。ってーか、さすがにあの態度は俺も腹立ちましたし」
大体女の子ってだけでやーらしい目で見やがって、それで『異邦人』だと分かった瞬間に露骨に態度変えるようなおっさんだもんな。プライベートでならともかく、お仕事の最中に公衆の面前でそれはないだろ、それは。
普段からあれで、しかも立場上迂闊に何とかできない相手ってほんと、面倒だよなあ。だったら、せいぜい利用してもらおうじゃないか。
でまあ、頭を下げてる皆にもちょっとだけ、お仕置きな。
「お詫びに、晩ご飯1週間くらいおごってくださいよ? それでチャラにしますから」
「はいすんません!」
「分かった、それでよければ」
「タケダくんの分も、しっかりおごらせてもらうわ……」
これでいいだろう。アスミさんの例でも分かる通り、飯は重要なんだからして。




