63.腹の中にはいろいろあるけれど
「ききき貴様ら! わしにこのような無礼をして、無事で済むとでも思っているのか!」
「思ってるからやらかしてみたんですが、いけませんか?」
顔真っ赤にして喚き散らす子爵、というかぶっちゃけてみるとハゲ親父に対して、ハクヨウさんがニヤリ顔のままで返した。いや、良いのかよ。一応お貴族様だろ? 相手。
「剣は鞘から抜いてねえし、な」
コクヨウさんも、半ば牙っぽく見える歯をむき出しにしたままで続いた。あーうん、確かに抜いてたら危ないだろうけどさあ。
いや、いろいろ言われたのは俺なんだけど。でも、回りの反応がえらいことになっているせいで、つい現実逃避してるというか何というか。ぶっちゃけ、置いてきぼりにされてる気分。当事者なのに。
「お言葉を返すようですが、エチゴ子爵」
そんな俺の横から、笑顔を崩さないまま領主さんがひょこひょこと歩み出してきた。ぎりりと歯を噛みしめるエチゴ子爵に対して、冷静に丁寧に言葉を続ける。
「このユウゼの街は独立を保証されております。小さな一都市ですが、権限としては国のそれと変わりはありません。わしはその街の長であり、つまりは独立国の王。あなたの君主たるゴート王と、同等の権利をもっておると見なされて良いわけですな」
あ、ハゲ親父ぐむむって顔になった。つーことは、領主さんの言葉は的を射ているのか。まあ、ちっちゃくても独立してんだから国っちゃ国だよなあ。うん。
「また、タチバナ・カイル殿はこの街の安全を守るため駐在している傭兵部隊の長でございます。つまりはエチゴ子爵、王都を守る部隊の長たるあなたと同じというわけですよ」
なるほど。貴族だとかそういうのを放り投げると、この子爵さんとカイルさんは同じ立ち位置なわけか。気分的に並べたくねえな。このエロ親父とイケメンを同列にするのは。
……いかん、少々考え方が女寄りになってきてるかも知れない。おのれイケメン。
「さて、この街はコーリマではございません。お国の中であれば大いに威張ってもらって結構、ですがここはコーリマの外。わしの治める国でございます。また、この街にはコーリマ以外にも様々な国のお方が多数おいでになります」
背も低くて太っちょな領主さんだけど、何かものすごく頼りになる人だったんだな。こうやって見て、初めて分かった。だから、この街はやっていけてるのかもしれない。
「その街の真ん中であのような横柄な態度は、お国の外にコーリマの恥を晒すことになりはしませんかな?」
「くっ……」
一瞬真面目な顔になった領主さんの言葉は、どうやらエチゴ子爵にざっくり突き刺さったらしい。まあなあ、国の恥さらしとか言われてるわけだしなあ。こういうお貴族様って、そこら辺のプライドとかいろんなもの背負ってるもんだし。
で、再び笑顔になった領主さん、少し強めの口調でこうのたもうた。
「それと。『異邦人』を嫌われるのはあなたご自身のお考えでしょうが、それは勝手になされよ。じゃが、ユウゼの街でそういったお言葉は、あなたの生命の保証をできませぬよ?」
「しゃー」
『ぼくのままのわるくちいうやつ、めー!』
笑顔な領主さんの周りでまー楽しそうに指バキバキ鳴らす傭兵軍団とか、いつでもビームぶっ放せる勢いの伝書蛇2匹とか、マジで貴族相手に大丈夫なのかと言わんばかりの臨戦態勢である。ただ、真っ白なタケダくんの迫力は太陽神信者にはものすごく効果的らしく、金属鎧の皆さんはビビりまくりだった。
あ、こりゃこっちの勝ちだわ。俺何もやってないけど。
それを悟ったように、領主さんはひとつ大きくうなずいた。
「ささ、早う罪人をお持ち帰りなされ。これ以上恥を晒すと、あなたがお国から何を言われますやら」
「お、覚えておれよ!」
「ええ、覚えておきますわ。スメラギ・ジョウの師匠にしてカサイ一族当主である、この私が」
「っ」
うわあ。ラセンさん、てめえとっとと出て行けオーラ全開で答えたよ。それで、さすがの子爵様も怯んだ。
そこらの領主や貴族が召し抱えてる魔術師のほとんどがその系譜に連なるという、トンデモ魔術師家系の当主。そのラセンさんに睨まれたってことはまあ、その、……自業自得ってやつ?
そんな中にあってじっとだんまりだったカイルさんが、声を上げた。コクヨウさんに押さえられた手は、まだ剣から離れていない。
「グレン、タクト。子爵殿はお急ぎのようだ。手続きと引き渡しを手早く済ませるように」
「了解っす」
「さあ、ご案内しますねー」
不機嫌そうな顔でグレンさんが答え、全力で愛想笑いしてるタクトが子爵と馬車をさっさか先導する。街の人たちのつめたーい視線の中、コーリマの護送馬車と金属鎧の皆さんはしずしずとこの場を後にした。
「若、いい加減手を放してくださいよ。もう行っちゃいましたぜ」
「……あ、ああ」
ここでやっと、カイルさんの手が剣から離れた。ずっと押さえてたコクヨウさんは、やれやれと言わんばかりに肩をこきこきと鳴らす。
「すまなかった、コクヨウ。つい、頭に血が上って」
「分かりますけどね。若が抜いちゃったら、かなり洒落んならないんで」
コクヨウさんの笑顔が、いつもの感じに戻ってる。それを見て俺もほっとしたけど、でもカイルさんに謝らないとなあ。俺が出てったせいで変なことになっちまったんだから。
「カイルさん、あの」
「……ジョウ、君は悪くない。大丈夫だ」
だってのに、カイルさんはそんなこと言って、ちょっとだけ寂しそうに笑った。
………………何も言えなくなるだろうが、これだからイケメンは!




