62.越後屋お前も……いや違う
グレンさんたちが帰ってきたのは、知らせがあってから2日後だった。その間に俺たちは領主さんにもこのことを知らせて、失礼がないように準備しておく。……ま、といっても良い宿屋キープしておくくらいだって言ってたけどね。
で、その日にグレンさんとタクトが馬で先導して来たのは、がっちりした金属鎧を着込んだ一団に取り囲まれた地味ーな灰色の塗装された馬車だった。
もちろんカラス顔の馬が引いてるんだけど、背中の翼が痕跡程度しかない。これは馬車を引く用の馬には当たり前に施されてる処理で、要するに馬車引いてる最中に馬が飛んだら危ねえだろ、ということである。なるほど。
んで馬車の方は、分かりやすく護送車だった。色は灰色だし扉にはがっちり鍵ついてるし、窓もあるんだけど鉄格子はまってるし。説明されなくても、これにサイジュさんとアスミさん乗せるんだなーってよく分かる。
「ジョウさん。あれ、コーリマ王都の警備部隊の部隊長さんよ」
「え? ……あー、あれですか。なるほど」
傭兵部隊の皆と並んでお出迎えしてる中で、マリカさんにそう囁かれてどれどれと見直してみる。金属鎧の一団の中に、1人だけやたらと豪華な軍服というかそういう感じの制服っぽいの着てる人がいた。
多分50代くらいの、額が広いというよりは前髪が不自由になりつつある太めのおっさん。前髪の代わりなのかどうなのか、口ひげを蓄えている。
そのおっさんを、領主さんがひょこひょことお出迎えした。
「コーリマからわざわざ、遠いところをお疲れ様です」
「いえいえ。我がコーリマの尊厳に関わる事態ですからのう、捨て置くわけには参りませぬ」
会話からすると、初対面じゃないな、あれ。まあ、独立した街ってことで他所の国から犯罪者が逃げ込んでくることも多いんだろう。それを迎え撃つためにも、カイルさんをはじめとする傭兵部隊がいるんだけど。
そんなことを考えているうちに、おっさんの挨拶相手は領主さんからカイルさんに移動した。あれ、カイルさん何だか嫌そうな顔してるな。ほんのちょっと、だけど。
「カイル殿、お久しぶりです」
「ええ、久しぶりですね。エチゴ殿」
わあ、声に棘がある棘が。マリカさんもラセンさんも、あーあって顔してるんだよな。なお、野郎どもは割とあからさまにやーな顔してる脳筋トリオのような連中と、能面チックな無表情を貫く白黒コンビその他と綺麗に二等分。俺が男のままだったら……うん、前者だな。
と、視線を感じて振り向くと、おっさんがこちらをガン見してた。正確には俺を、だな。っておい、何そのニヤニヤした目。うわー、セクハラ親父の視線てこんなのか。気持ち悪いよな、そりゃ。
「こちらは?」
「うちに新しく加わった魔術師です。カサイ・ラセンの弟子として頑張っておりますよ」
「何と」
カイルさんがラセンさんの名前を出したことで、ニヤニヤ視線が落ち着いた。というか、俺の背後でラセンさんが何やら恐ろしいオーラを全開にしてる気がしなくもない。怖くて振り返れないくらいに。
一方おっさんの方は一応顔をきりっとさせて、それから胸に手を当てて頭を下げてきた。
「わたくしめはコーリマ王国にて王都警備部隊第1部隊の部隊長を務める、エチゴ・ゼンスケであります。王国より、子爵の位を賜っております。何卒、よしなに」
「あ、はい……スメラギ・ジョウと言います。よろしくお願いします」
うんまあ、俺貴族相手の礼儀とか知らねえし。だから、とりあえず敬語で必要最小限のことだけ言って、頭を下げた。エチゴ子爵、だな。うん。
「おやおや。お嬢さんは貴族への礼儀をご存知ないか」
「済みません。こちらへ来て間もないもので、習慣は今覚えている最中です」
あ、カイルさんや皆が嫌がる理由、よく分かった。セリフの端々にすんげー嫌味っぽさが走りまくってやがる。それならこっちも、あんまり礼儀正しくする必要ないか。表向きだけ失礼のないようにしてればいいかな。
「おやおや。……もしかして、お嬢さんは『異邦人』ですかな」
「っ」
あ、しまった、多分顔に出た。
で、俺が『異邦人』だと悟った瞬間、おっさん顔変わった。汚らしい物を見る顔に。あー、やっぱりいるんだな、この手の人。うげー。
まあ、俺はいいよ。いや、やだけど。でも、その眼でカイルさんを見るのはどうかなあ。なあ、皆。
「『異邦人』とは。さすがのカイル殿も、そのお年で耄碌召されたか。さすがは」
「エチゴ子爵」
おっさんのセリフが全部吐き出される前に、黒と白が動いた。鞘から抜かないままの剣の切っ先を、2方向からおっさんにつきつける。
もちろん金属鎧軍団は色めき立つんだけど、傭兵部隊のみんなが指をぼきぼき鳴らすわタケダくんとカンダくんが翼広げてしゃーしゃー威嚇するわで動けない、らしい。鎧軍団の中から、「アルビノだ」「白い伝書蛇だ」とビビってる声が聴こえるのが何だかなあ。タケダくん、マジですごいみたいだな。
で。
「そういった言葉をみだりに振りまくものではない、と王国を出るときに言われませんでしたか。特に、セージュ殿下に」
ハクヨウさんはつんつん、と剣先でおっさんの喉をつつきながらニヤリ、と笑う。あ、何だろう。この人、こんな殺気立った笑顔したことあったっけ。
「俺たちがいてよかったですねえ、子爵? もしいなかったら、今頃あんたの首飛んでましたよ。若の剣で」
にい、とコクヨウさんがそれこそ肉食獣みたいに歯をむき出しにした。あー、やっぱりこいつら双子だわ。今の表情、めっちゃそっくり。
それで気がついたけど、伸ばされたコクヨウさんの手がカイルさんの手を押さえてた。剣の柄を握って、今にも抜きそうなその手を。




