59.新年の祈り
「今一度、世界に神の恩寵が戻りしことを新しき年に感謝致します」
凛と響く声に、俺とカイルさんは思わず背筋を正す。俺は初めてだからともかく、カイルさんもそういうことってあるんだな、と思った。
「スメラギ・ジョウ殿。神の御前へ」
「は、はい」
声の主、白が基調のローブをまとった女性の神官さんに呼ばれて、俺は1人で前へと進み出る。
赤い細長いじゅうたんが敷かれた……えーと、結婚式の会場のようなここは太陽神の神殿。じゅうたんの両脇に並んでる椅子は、信者さんがお祈りしたり勉強したりするための座席なんだそうだ。
年が明けてすぐ、俺はカイルさんと共にユウゼの街の中心からちょっと外れたところにあるこの神殿にやってきた。この世界に先祖がいないため黒の神から守ってもらえない精神に、太陽神直々にお守りを付けてもらうために。
年末を割と普通にクリアできたことでもう大丈夫なんじゃないかな、と思ったんだが、お守り付けてもらわないと次の年末また大変だって言われたんだよな。つか、黒の神と信者連中しつこいなあ。
「だから、年が明けて太陽神様のお力が回復した今、守りをいただきに行くんだよ。分かったかい?」
「はい、よく分かりました……ってか、これで普通の人とやっと同じレベルになるってことですね」
「……そうとも言うな」
カイルさん、言われてみればそうかーって顔したよ。いやだって、こっちの世界で生まれて育った人って要するに皆お守りもらってるってことだもんな。その点で俺は、今までマイナスだったわけだ。ラセンさんやみんなに助けてもらって、今があるんだからな。
神官さんの前まで行くと、俺に背を向けた彼女と共に目の前にあるモニュメントを見上げる。『神の御前』って言ったけど、まあ要するに神様の像があるんだよね。割とイケメンなその神様は、武器も持たずに穏やかに笑ってる。こんだけ美形なこともあって、神官さんには女性が多いんだとか。おのれ、神様とはいえイケメンめ。
「この者、スメラギ・ジョウは恐ろしき黒の神の試練を乗り越え、新しい年を清らかなる心のまま迎えることができました。我らが偉大なる太陽神よ、スメラギ・ジョウに再び試練が降りかからぬよう、その偉大なるご加護を与え給え」
まあ、そんなひね曲がったこと考えてる俺をよそに神官さんのお祈りは続いている。ってか、俺のためのお祈りなので慌てて手を組んで、祈った。すんません、俺にお守りください。ってか、これで良いのか祈り方?
そこから数分祈って祈って祈りまくって、いい加減疲れたなーって頃になってふっと、胸の中に何か暖かいものが入ってきたような気がした。あれ、と思って胸に手をやるけど、特に大きくなったとか小さくなったとかそういう変化はなし。はて。
と、神官さんがいつの間にか振り返ってた。そうして、俺ににっこり笑ってくれる。
「これで、あなたの心は黒の神からの守りを得られました。ですが、お気をつけなさいませ。黒の神はあなたの心の隙を突き、自らの元へと引きずり込む時を狙っています」
そっか、今のアレ、お守りか。いや、この際理屈はどうとか言うよりそういうもんだ、って納得した方が早い。だから俺は、素直に頷いた。
「はい、気をつけます。ありがとうございました」
「いえいえ。カイル殿のご依頼とあらば、断る理由などどこにもありませぬから」
にこにこ笑いながら、いやいやと手を振る神官さん。ふわふわ金髪のほんわかお姉さんで、ちょいぽっちゃり系である。うむ、あと10年もしたら肝っ玉母ちゃん風になるんじゃないだろうか。何となく、そんな気がする。
「新年早々申し訳なかったな、レッカ殿。できるだけ早く、守りを付けてやりたかったのでね」
「白の伝書蛇を従えた、稀有なる魔術師でもあられますからね。お気持ちはよく分かります」
『ままー』
後ろでずっと見てたらしいカイルさん、退屈しなかったんだろうか。その肩で待ってくれてたタケダくんが、ぴょんと跳びはねるようにして定位置、つまり俺の肩に戻ってくる。すりすりしてくるのにはもう慣れた。
にしても、神官さんにとってもアルビノの伝書蛇はレアなのか。稀有って、レアってことだよな? せっかくだし、聞いてみるか。
「白いのって、やっぱり珍しいんですよね」
「あまり数がいないということもありますが、そもそも伝書蛇の元になった蛇たちは太陽神様のお使いなんですよ。ですから、こちらの像でも肩に伝書蛇がおられます」
「え?」
うわ、そこまで見てなかった。慌てて見上げると、あ、ほんとだ。肩の上に翼のついた蛇がいる。はあ、それで黒の信者が伝書蛇使うの大変なんだ。いちいち黒に染めないといけないんだよな、確か。
「そして、白というのは日の光の色、と言われております。ですから、白の伝書蛇は太陽神様より直々に遣わされたとも言われているんです」
……。
肩の上で『まま、ぼくすごいんだよー』と胸を張るこの蛇に、そんないわれがあったのかよ。
「まあ、ジョウはそういうことも何も知らずにその子と仲良くなったからな」
「知らぬからこそ、先入観なしに受け入れられたのかもしれませんね。お互いに」
カイルさんと神官さんに、微笑ましく見つめられた。あーまあ、知識のない俺と生まれたばっかのタケダくんだもんな。確かに、先入観もへったくれもなかったけどさ。
「あ、えーとカイルさん、次の人待たせてるから早く出ませんか」
そういえば新年のお祈りやらいろいろあるのもあって、神殿には人が結構来ているのだった。俺の場合理由が理由と、多分神官さんがさっき言った通りカイルさんの頼みってのもあって優先的にやってもらえたんだけど、後ろ見たら人待ってるし。ってか、何か皆の視線が微笑ましいと言うか生暖かいのは気のせいか。
「そうだな。独占してすまなかった」
「いえいえ。事情が事情でしたから」
慌てて2人で頭を下げて、その場を後に……しかけた、その時。
「ああ、そうそう、ジョウ殿」
「はい?」
再び神官さんに呼ばれて振り返ると、彼女は笑顔全開でこう、のたまってくれた。
「太陽神様からのお言葉です。次からはもう少し真剣に祈ってくれると嬉しい、とのことですよ」
「ごめんなさい!」
めっちゃバレてるしー! 俺は慌てて、イケメン神様に深く頭を下げたのだった。って、神官さんってマジで神様と会話できたりするんだな。すげえ。
あと後ろで待ってる皆、どっと笑うなーそこは笑うところだったのか!?




