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5.夜もふけて

「このお部屋使ってね。空き部屋だけど、お掃除は済ませてあるから」

「お世話になりますー」


 マリカさんに案内されたのは、6畳くらいの部屋だった。木のテーブルと椅子、ベッド、あと小さいけど服掛けられるクローゼットが揃っている。ま、さすがにテレビとかはないよなあ。どう見ても、機械とかない世界だし。


「服はタンスに入ってるの使ってね。あなたみたいに預かって来られる人ちょくちょくいるから、下着も新しいの揃えてあるし」

「……下着っ」


 その単語に、軽く引いた。あ、いや、マリカさんは当たり前のことを言っただけなんで彼女に罪はないんだけどさ。ほら、この場合の下着って確実に、女物だし。


「どしたの?」

「あー、いや……その、ちょっと見ていいっすか」

「いいわよ。好みの選ぶ?」


 この場合の好みは見てうへへへへ、じゃなくって着けてわあい、の好みだよな、と口の端引きつらせつつ引き出しの中を覗き込む。……布の小さい塊がいくつも並んでて、見ただけじゃ形とか分からん。

 しばらく固まってると、マリカさんがひとつふたつ取り出して広げて見せてくれた。わあ。


「これがパンツでー、これがブラジャーね」


 パンツ、とこちらで呼ぶやつは紐パン……とはちょっと違うのか? 布の前後に紐が通してあって、どうやら横一か所で結べばいいらしい。

 ブラジャーは、あーうん、ブラジャーというか短めのタンクトップ? おっぱいの下がやっぱり紐で締めるようになってるみたいだ。

 みたい、なので困る。いや、ここまで17年男やってきたんだぜ? 女の下着のつけ方なんか分かるかっつーの。だったらつけるなと言われそうだけど、下丸見えはいくらなんでも嫌だし、上……ええいぶっちゃけよう。女のおっぱいって地味に重いんだな。あと、揺れると不安定で困る。


「……えーとすいません、つけ方教えてください。下は行けそうなんですが、上が俺の知ってるのと形とか違うんで」

「そっか、『異邦人』でしたっけね。大変ねえ」


 そんなわけで俺は、マリカさんに頭を下げてブラジャーのつけ方を教わることになってしまった。まあ、彼女の方は違う理由で教わりたいんだなと思ってくれたので、よしとする。

 中身男だってバレたら、変態かって思われるかもしれないしさ!




「それじゃ、おやすみなさい。食器は机の上に置いといてくれていいからね」

「はーい。おやすみなさい」


 それからひとしきり下着のつけ方講座、という名の着せ替え人形講座が終了し、マリカさんは夜食としてミルク粥を置いていってくれた。そういや俺、階段落ちる前に飲んだ缶コーヒーから後、飯食ったのかなあ。


「いただきます」


 ほかほかと湯気の上がる白いお粥。木の椀と木のスプーンで、それをゆっくりと口にした。あ、温かくてちょっと甘くて、美味しい。お米のお粥で、食べ慣れてる感じってのもあるんだろうけれど。


「美味え……」


 勝手に言葉が口から漏れる。その声はすっかり聞き慣れた女の子の声で、それで俺の口調。

 改めて俺、変わっちまったんだなあと気がついた。


 スプーンを置いて、ぺたぺたと自分の腕を触ってみる。俺にとってはほんの数時間前までそれなりにがっしり、しっかりしていた腕は今ふわっとしてて、柔らかい。

 マリカさんが楽しそうにブラジャーをつけてくれた胸はたゆん、としてて、ぺったんこでそれなりに固かった男の身体つきはもう、どこへやら。

 パンツの中にはもちろん、あったものもその後ろにぶら下がってたものもない。こじんまりと収まった、女の子の大事なところがあるだけで。


「……参ったなあ」


 口に出して言ってみる。これから、どうすりゃいいんだろうな。

 まずは、カイルさんに俺が元々は男だって言ってみる。

 男に戻れるのか、元の世界に戻れるのか、その辺確認しないといけないし。

 帰れりゃいいんだろうけど、無理だったら………………。


「あー」


 頭抱えて唸っていいよな? 何でこうなるんだか。俺はただ、誰かにぶつけられて階段から落ちただけだぞ。いや、あのままだと頭打ってやばいところだったんだけどさ。

 それでも気がついたら別世界で女の子の身体でエロいお約束寸前とか、ほんとないわー。何でわざわざ男を女にして以下略、なんだよ。何考えてるんだ悪い連中。




 んなこと考えてても埒が明かないので、とりあえず冷める前にミルク粥だけは全部食べきってしまった。

 向こうの世界で当たり前にがっつり食いきれた丼のサイズよりもずっと小さなお椀だったけど、これいっぱいでお腹が満たされてしまった。


「もしかして、甘いものは別腹だったりするのか?」


 クラスメートの女の子がそう言ってたことを思い出す。それ聞いて俺と武田は、声揃えて「無理無理無理無理」って手を横に振ったもんだっけな。ケーキバイキングなんて信じられねえ、甘ったるくて胃がもたれそう……だったもんよう。

 それで、一緒に階段から落ちたあいつの顔を思い出した。


「……武田、どうしてんのかな」


 まさか、俺と同じようにこっち来てるんじゃねえだろうな。いくら何でも、俺みたいに以下省略なんてことにはなってないだろうけど。


「カイルさんに、頼んでみるかな」


 もしこっちに来てるとしたら、知らない人ばっかりの中で……まあアイツのことだから上手くやってそうだけど、でも困ってるだろうしな。

 よし、寝て起きてカイルさんに話できることになったら、頼んでみよう。

 そう決めると何か安心して、俺はベッドに潜り込んだ。薄い布団と毛布だけど、結構あったかいや。これなら、よく眠れそう、だ……。

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